第16話 お嬢様が尊い(ロジェ編①)
今日もお嬢様が尊い。
夜会の会場で、ロジェ・メレディス・ブランドーは今日もエカテリーナの美貌に酔いしれていた。
今は社交シーズン真っ只中であり、フィオル公爵家の一員としてエカテリーナは嫌々ながらも夜会に出席している。
会場中を見渡し、今夜の夜会にもエカテリーナほど美しい女性はいないなとロジェは結論付けた。彼の基準でエカテリーナと並び称される可能性のある女性と言えば他の五公女くらいのものだろう。
そんな彼自身も非常に整った容姿をしており、会場の女性の衆目を集めているのだが、彼は他の令嬢の事など気にも留めておらず、まるでお構い無しだった。
何しろ彼は美しい人物の顔しかまともに認識出来ないのだから。
フィオル公爵家には一風変わった風習がある。それは、年に一度希望する者同士を競わせてエカテリーナの専属侍従を決めるというものだ。ロジェは彼が九歳、エカテリーナが八歳の時に侍従オーディションに参加し、そして見事その座を勝ち取ってみせた。
もともとはロジェを気に入ったエカテリーナが彼を取り立てようとしたのだが、まだ歳若く、経験も浅い事から専属侍従はまだ早いと反対の声が多く上がり、それならばと彼の能力を示す場を設け、そこで判断をしようという話になった。
その際に他にもエカテリーナの専属侍従になりたい者がおり、平等に機会を与えるという意味でオーディションという形が取られた。そこでは、茶を淹れる技術やマナー、姿勢の美しさ、教養など様々な種目で審査が行われたのだが、どの種目でもロジェは好成績を残し、見事優勝を飾った。
以来、エカテリーナの専属侍従オーディションは、フィオル公爵家で毎年行われる名物イベントとなり、ロジェは一度もその座を譲る事なく連覇記録を伸ばし続けている。
何故、彼は若くして侍従としての高い技術を持ち合わせていたのか?
それは彼の己に対する美意識の高さが関係している。
ブランドー子爵家の四男としてこの世に生を受け、自分の顔の造形が整っていると自覚してからの彼は、常に身なりや仕草、スタイル維持などあらゆる面でより美しく見られる為に気を配っている。所作一つをとっても彼は美しい。
かつてのロジェは自分より美しい人間などいないと思っていた。しかし、その認識はエカテリーナとの出会いによって覆されることになる。
新雪を思わせる白磁の肌、幼いながらすっきりと通った鼻筋、エメラルドの宝石のような瞳。黄金の絹糸のように滑らかな髪は、結えばそれ自体が冠のようにも感じられる。
これぞ神の最高傑作、いや神そのものだとロジェは熱く魂を震わせた。
「お嬢様、お加減はいかがですか?」
「ありがとう。おかげでだいぶ良くなったわ」
テラスに出て休憩していたエカテリーナにロジェは水の入ったグラスを差し出す。受け取ったエカテリーナはもう大丈夫と言うように微笑んだ。
「本当に大丈夫ですか?」
「ええ。いつもの事ですもの。貴方の顔を見ていると落ち着くわ……」
不安げな表情を浮かべるロジェの、ギュッと寄せられた眉根にそっと指先で触れてエカテリーナは小さく笑う。
そう、彼女自身が言う通り、夜会に出たエカテリーナが体調を崩すのはいつものことだった。
彼女が夜会を嫌う理由はそこにある。彼女は人混みに酔ってしまうのだ。
と言っても、それは彼女の身体が極端に弱いからではない。薄らぼんやりとした顔の人が多く行き交い、彼女に群がってくるのが原因だ。
彼女もまた、ロジェと同じで美形に分類される人以外の顔が正しく認識出来ないという問題を抱えていた。
価値観は人それぞれだが、エカテリーナもロジェも人を見る際は顔の美しさに重きを置いている。どんなに内面が優れていようとも、美しくなければ関心が持てないから内面も知りようがないというのが二人の持論だ。
関心が持てないことが行き過ぎた結果、いつの間にか二人の目には多くの人の顔面はモヤが掛かったようにぼんやりとして映るようになった。
終始視界にモヤがかかり、蠢いていると言えばわかりやすいのだろうか。それがあまり気持ちの良い光景ではない事は確かだ。
理想の高い彼らが正しく顔を認識出来る人はごく僅かだ。侍従という立場にありながら、毎回ロジェがエカテリーナのパートナーを務めているのも、これに起因する。
家族以外で彼女の基準を満たす整った顔の、他にパートナーのいない貴族の男性という条件に該当する人間はエカテリーナの身近にはロジェくらいしかいなかった。
具合が悪くなる事が分かっているのなら夜会に参加しなければいいのだが、立場上どうしても避けられない事もある。
それに具合が悪くなるエカテリーナを心の底から心配しながらも、着飾った彼女を見たいという欲望をロジェはいつも抑えきれずにいる。
彼としては夜会など無くとも着飾ってくれればいいのにといつも思っているのだが、常に着飾っていては飽きてしまうでしょうと彼女に一蹴されてしまった。
今夜のほっそりとしたシルエットの青いドレスも、彼女の金色の髪によく映えていて女神そのものだとロジェは思っていた。
そんな訳で、夜会の途中で二人がテラスに出て互いの顔を見つめながら休息を取るのはよくあること、もはや恒例行事だった。
「あまり気が進みませんが、そろそろ戻りますか?」
「そうね……」
形の良い唇から溜め息を零すと、エカテリーナは差し出されたロジェの腕に指を絡める。二人の背中を月明かりが優しく照らしていた。




