第14話 舞い戻った花と本と(リベラ編④)
五侯爵令息玉砕事件から一週間後。
「次はあのお店に行くわよ」
「は、はい、お嬢様……」
キャサリンは今日も街で買い物に興じていた。
キャサリンがピンクのリボンで結わえた青みがかったシルバーの髪を揺らしてニコニコと上機嫌で歩いているのに対し、付き従っているリベラはげっそりと誰の目にも疲れた顔をしている。
彼の手には今日も堆く積まれた荷物があった。その大半が書物で、彼の腕にずっしりとした重量感を伝え、存在を主張している。
「お嬢様、もう、前が見えません」
毎週の買い物(鍛錬)でリベラの腕の筋力は鍛えられているはずなのに、毎回苦しむのは何故なのかとリベラは涙目になりながら静かに自問する。
そうして行き着くのは『お嬢様の買い物量が徐々に増えている疑惑』だ。
リベラは己の長所を記憶力の高さや、仕事の丁寧さだと考えている。そもそも頭脳労働派で肉体派ではないのだ。
にも関わらず、キャサリンは買い物のお供兼荷物持ちをいつもリベラにさせているし、決して他の者を連れて行こうとはしない。
信頼されているとある種の優越感を抱きながらも、幾ら鍛えたところでグレイやラザロスのようにはなれないと悲嘆に暮れるリベラであった。
「キャサリン様、こちらでしたか!」
タワーのように積まれた本のせいで前方が見えない中、リベラが懸命にキャサリンの背中を追っていると、こちらを呼び止める声があった。
「っと、っと、と~……」
聞き覚えのある声にキャサリンが立ち止まり、雑踏を避けながら歩いていたリベラは前につんのめりながら前進するのをやめる。勢い余って本のタワーが前方に傾き、その場でたたらを踏んだ。
ようやく落ち着いたところで、本の山の横からリベラが顔を出すと、そこにはリンドホルム侯爵令息のクリストフェルの姿があった。
「先週ぶりですね」
「あら、貴方は確か……ああ、馬車の方ね」
爽やかに挨拶する侯爵令息に対し、キャサリンは少し考え込むような素振りをしてから返事をする。
キャサリンが侯爵令息のことを顔や名前でなく、贈られたもの(結局、受け取らなかったが)で認識していることが分かり、リベラは本の陰で苦笑いを浮かべる。
「そうです。先週、キャサリン様に馬車を贈ろうとして突き返されたあのクリストフェルですよ」
「あら、それは失礼致しましたわ」
自嘲気味に笑うクリストフェルに、キャサリンは悪びれる様子もなく返す。表情はそのままに、クリストフェルは肩を竦めた。
「ですが、私は未だキャサリン様を諦めきれていません。あれから一週間、キャサリン様がお喜びになるものは何かと考えていました。書物を好んで読まれるそうですね? そこで、この本をお持ちしました」
なんと、まだ諦めていなかったのか。そんなリベラの驚愕をよそに、共の者から一冊の古びた本を受け取り、クリストフェルは差し出す。その本を目にした途端にキャサリンの顔色が変わった。
「西部に位置するとある小さな村に伝わる伝承だそうです。何故その村にそのような伝承が存在しているのかは分かりませんが昔、実在したと言われている聖女の手記を元に書かれたのだとか……」
所々革が擦り切れたようになっているその本の表紙には『黒竜と巫女』と記されている。
リベラの知る限り、キャサリンの書庫にない本だ。
ひやりと、冷たいものがリベラの心臓を締め付ける。
まさか、たかが本一冊のために己が結婚を決めてしまうのだろうか?
そんなはずはないと思いつつも、キャサリンならばやりかねないという不安をリベラは募らせる。
幼い頃より恋心を拗らせながらずっとキャサリン見守ってきた彼は、彼女が殊更に書物を好んでいることを知っている。
加えて、キャサリンのお気に入りだけを収めた本棚には冒険記や英雄譚の類が多くラインナップされている。本のタイトルからして、興味を示す可能性を窺がわせるに十分な要因だ。
果たしてキャサリンは何と答えるのか?
ゴクリとリベラは固唾を飲んで彼女を見つめる、
「その本、買いますわ」
「へっ……?」
虚を突かれたように、クリストフェルが目を丸くする。
「その本を買い取らせていただきますわ」
再度宣言したキャサリンを見て、リベラはほっと息を吐き出した。知らないうちに呼吸を止めてしまっていたようだ。
まだお嬢様は誰のものにもならない。この事実に、リベラは心底安堵した。
「これはお譲りするつもりでお持ちしたのですが……」
「無料より粗悪なものはないわ」
困惑するクリストフェルに、キャサリンはうんざりと毛嫌いするかのような表情を向けている。
無償という言葉の裏には必ず隠された思惑があるので、信用してはならない。子供の頃に、キャサリンの祖父がそう語っていたのをリベラは思い出していた。
「ですから、その本は買い取らせていただきます。おいくらですか?」
「え、いえ、あの……」
鬼気迫る勢いで本の売り値を訊ねるキャサリンの剣幕に押されてクリストフェルはもごもごと歯切れが悪く口ごもる。
そんな彼の様子にキャサリンが苛立ちを見せ始めた頃。
「ズルいです!」
突然、二人の間に割って入る女性の姿があった。身形から察するに貴族令嬢だろうか、栗色の長い髪の毛をサイドで編み込んで藤色のリボンで結わえた十代くらいの女性がキャサリンとクリストフェルの間に立っている。
「え~っと、何が……?」
「キャサリン様が、です。花の五侯爵令息のうち四人に求婚されるだけでも羨ましいのに、こんな贈り物まで。それなのに断るなんて天に唾する行為です!」
何がずるいのか、代表してリベラが聞き返すと乱入者の女性は声高にキャサリンを糾弾し始めた。
「だからその本は私が買います!」
見知らぬ女性がクリストフェルの持つ本に狙いを定めてビシッと指差す。
「何かしら?」
「あれは公女様……? それにクリストフェル様も」
「もう一人の女性は誰なの?」
一人で大騒ぎする女性の声が甲高くよく通るせいで、周囲がざわつき始めている。
「また変なのが湧いてきた……」
「おい、いったいどうしたんだ?」
場を掻き乱す、いかにもややこしそうな第三勢力の登場に辟易してボソッと聞こえるか聞こえないかくらいの音量で呟いたリベラ。
まだ帰るまでが長くかかりそうだと絶望していた彼だったが、急に腕にかかる重みが軽くなり、次いで耳元で低い声がしたことに驚いて振り返る。
リベラが振り返った先には本の山を片手で軽々と持ち上げたグレイと、真っ赤な髪を風に揺らして不敵に微笑むジャスミンがいた。




