第13話 花々は散る(リベラ編③)
「では、私から」
最初に一歩前に出て申し出たのは、ベルティ侯爵家の次男のエドモンドだった。
「こちら、海を越えた遠い国から取り寄せた、スターサファイアです。宝石商の話では、これほど美しく大粒のものは十年に一度しか出回らないとか。キャサリン様はきっとお似合いになることでしょう」
「あら、スターサファイアでしたら、中庭の足元に敷き詰めておりますわ。踏み締めて上を歩くと、とても耳に心地よい音が致しますのよ?」
「に、庭に!? サファイアの上を歩く!? ハハハ、キャサリン様はご冗談がお上手ですね」
「いいえ、事実を申し上げているだけですわ。信じられないと仰るのなら庭をご案内して差し上げてもよろしくってよ?」
まず一人。ベルティ侯爵令息ががっくりと肩を落とす。その拍子に彼が手に携えていたサファイアがころりと足元に転がり落ちた。
宝石を庭に敷き詰めているという事実にはリベラでさえも驚愕していた。それと同時に時々、妙に石が減っている気がしていたのはそのせいだったのかと納得する。
庭の警備を強化しなければと、リベラは心に深く刻み込む。
「私はキャサリン様のために、馬車をご用意致しました。外装・内装は若き名匠と名高いヴァレンテ殿にデザインを依頼致しました。外で待機させております」
続いて進み出たのはリンドホルム侯爵家のクリストフェル。
彼は金に物を言わせて何年も先まで予約で埋まっている木工職人に馬車のデザインを依頼したようだ。
しかし、それは相手が悪く、またデザインの依頼先を間違えたとしか言いようがなかった。
キャサリンの返答が予想出来てしまったリベラは、黙って首を横に振る。
「あら、困りましたわ。馬車でしたら販売するほど持ってますの。あまりにもたくさん持っておりますので、貸馬車業を先日始めたところですのよ。……ところで、ヴァレンテ様はお元気そうだったかしら?」
「へっ!? ま、まさかお知り合いで?」
「ええ。彼がまだ見習いの身分だった頃に、我が家に滞在なさっていたの。この椅子も彼が若い頃に手掛けた作品ですのよ」
キャサリンの左手の指先が、美しい装飾の施された肘掛けをなぞる。
二人目の陥落だ。
リンドホルム家とユリーナ家。財力、そして職人とのコネクションに於いても両者の間には埋まりようもない差があった。
ユリーナ家は公爵家ながら商売・貿易を営んでおり、代々当主の類稀な商才と優れた審美眼により、巨万の富を成している。
商売とは、完成品の価値を見抜く力だけでは成り立たない。原石の持つ未来の可能性を見出し、育て、導き、自ら世に送り出す事を家訓としている。
代々の当主が芽吹く前の若き才能に惜しみない投資をおこなった結果、国内で名を挙げた職人たちのほとんどが、ユリーナ公爵家と関わりを持っていた。
「お次はどなたかしら?」
「わ、私は北部に百年に一度しか現れないという銀狐の毛織物をお持ちしました!」
「まあ、今貴方が足で踏んでいるのも、銀狐の毛織物ですわ。奇遇ですわね」
三人目はマグワイア侯爵子息だったが、彼はせっかく前に進み出たにも関わらず、青い顔をして飛び退くように引っ込んでしまった。
銀狐の毛織物は、マグワイア侯爵子息が説明した通り、非常に希少価値の高いものだ。しかし、残念ながらそれはキャサリンにとっては見慣れた絨毯に過ぎなかった。
ここまであっさりと三人の令息を袖にしたキャサリンは次の獲物に狙いを定める。
桔梗の花を思わせるような紫の瞳に抱きすくめられ、最後の一人の求婚者・モンタギュー・アーネスト・ニコルズはぶるりと身震いをした。
「私は、当家所有の金鉱山をお譲り致します!」
声高に宣言したニコルズ侯爵子息の言葉に、室内がしんと静まり返る。
金鉱山を丸ごと贈るとなれば破格の申し出だ。
しかし、沈黙を破るかのようにふっとキャサリンは口許を綻ばせた。
「金鉱山でしたら、先日購入致しましたの。ひと足遅くってよ? 残念ですわ」
キャサリンの桜貝のような唇は、ゆるやかな弧を描いている。しかし、紫の目には冷たい光が宿っており、その目が全てを物語っているかのようだった。
*****
――その夜。
失意の求婚者たち四人を見送ったリベラは、キャサリンの執務室で書類を整理していた。
毎週のようにキャサリンが大量の買い物をするせいで、各所から届いた請求書が溜まり、机の上で山となっていた。
リベラはそれらを一通ずつ開封しながら、内容を確認し、キャサリンの代わりに署名していく。請求書の処理だけで一仕事だ。
それでも毎度のことで、慣れ切っているリベラは流れるように処理を進めている。ところが、ある一枚の請求書で彼の手が止まった。
「なんだこれ……?」
そう呟く彼の手には、とんでもない金額が書かれた請求書があった。
「ハハハ、きっと疲れているせいだな」
リベラは目を擦り、もう一度請求書を見るが、金額は変わらない。
内容が間違っている書類が届くことはたまにある。あまりにもあり得ない金額が書かれているそれもきっと間違いだろうとリベラは判断した。
「今日はもう休もう……」
非常に濃い一日を過ごしたリベラは、引き出しに件の請求書をしまい込むと灯を消した。




