第9話 魔女の茶会再び(ユーリマン編④)
「……という事があったの」
「あら、それは大変だったわね」
ヴィオレッタが話し終えると、イザベラが同情するように言った。
本日の『魔女の茶会』の話題は専ら、先日新聞の一面を飾ったアニータ・クロイツ伯爵令嬢の引き起こした『薬物混入事件』についてだ。
「でも、まさか彼女の想い人がハイラス殿下だったとはね……」
そう語るのは、ジャスミンだ。父親が宰相を務めているせいか、彼女は王宮で起こったアレコレについて詳しい。
今回の事件に関しても、ヴィオレッタとユーリマンが知ったのは朝刊ではなく、ジャスミンの侍従のグレイを介してのことだった。
「趣味が悪いというか、なんというか……」
「あら、でも分からなくってよ? 殿下御自身に魅かれたのではなく、殿下と婚姻すると自動的に手に入る妃の身分に目が眩んだ可能性も」
アニータの好みについて言及するエカテリーナに、キャサリンは玉の輿狙い説を提言する。
「それでも、あ の 殿 下 の 妻になるのよ?」
「それは……」
「ないわね」
ヴィオレッタが心底嫌そうに言えば、イザベラが何とも言えない表情で言い淀み、ジャスミンがその場にいた皆の気持ちを代弁するかのように断言する。
あれは無い、と言い切るジャスミンに令嬢のみならず、五人の侍従も揃って首肯した。
五公女たちは皆、持ち回りで事ある毎に王子のフォローをさせられている。
恐らく王子に悪意は無いのだろうが、何も考えていないようで、それ故にいつも空気を読まずに色々と仕出かしている。
何時ぞやは、国交の為にやってきた大使の頭髪が薄いにも関わらず、ハイラス王子は自慢の前髪をいつも以上に掻き上げ、振り乱し、髪型がどうのと宣っていた。
ヴィオレッタが話題を逸らすのに苦心した事を、ユーリマンははっきりと覚えている。
悪気が無ければ良いというものでもなければ、王子という立場においては、空気が読めないのは致命的だった。
「アレでも、ハイラス殿下は王子殿下なのよね」
「何でも、今回は王妃殿下が大層ご立腹なさったとか」
「まあ、それでクロイツ伯爵家はお家取り潰しなの?」
アニータが薬を盛った相手が王子でなければ、ここまで騒がれることもなかっただろう。
その点において腐っても王子なのねと気だるげにティーカップを弄びながらエカテリーナが言うと、相変わらず情報通のジャスミンが一般に知られていない情報を口にし、イザベラは軽く驚いて見せる。
今回、アニータがハイラス王子に盛った薬は、先日ヴィオレッタが王子を被検体にして効果を試した『老け薬』と同じもので、基本的に人を死に至らしめるような効果はない。
それでもアニータ自身は処刑の上、彼女の実家も今後後継者を作ることを禁止され、断絶させられるとなれば相当に重い処分だ。
「それなら私がハイラス殿下にあの薬を盛ったことも、王妃様がお聞きになられたら、私も罰せられてしまうのかしら?」
「あら、それは問題なくってよ。だって貴女は、事が大きくなる前に事態を収拾してみせたじゃない? 流石ですわ」
ヴィオレッタが王子に老け薬を使用したのは、老け薬が禁忌指定されるよりも前の話である。
それでも、王族に害を成したという意味では、やっていることはアニータと大差ないのだが、事後処理の面で大きく差が開いた。
今後自分が咎められる可能性が限りなく低い事は知っていながら、ヴィオレッタが冗談めかして心配するふりをすると、キャサリンが大丈夫だと太鼓判を押す。
「フフフ、キャサリンに褒めてもらえると何だか嬉しいわ。まあそれもこれも、うちのユーリマンが迅速な対応で解毒薬を作ってくれたおかげよ」
そう言って、ヴィオレッタは誇らしげに自分の侍従を見つめる。
「まさか二度も解毒薬を調合するはめになるとは思いませんでしたけどね」
主に褒められて喜べばいいのか、こんな事態を招いた主に仕えている自分の身の上を嘆けばいいのかわからず、ユーリマンは苦笑する。
一度目、つまりヴィオレッタが老け薬を使用した時に解毒薬を調合したのはユーリマンだ。
その後、この薬を使って自由自在に年齢や背格好を変えられては犯罪の温床になりかねないとの判断で、その製造と使用について禁忌指定された。
当然その保管についても、誤って使用される事の無きよう、ヴィオレッタの研究室でも禁忌指定の薬品専用のラベルを貼り、キャビネットに入れて保管していたのだが、先日の訪問の際にアニータはそれを盗み出した。
その辺については新聞記事の記載によると、『ピンクの液体で禁忌指定ラベルが貼られていたから、惚れ薬に違いない思った』とアニータは供述しているらしい。
そうして、老け薬は二度もハイラス殿下に使用されることになり、二度目の解毒作業についても、ジャスミンを通じてヴィオレッタへ依頼があり、ユーリマンがおこなうことなった。
なお、一度目に関しては想定よりも早く解毒が完了したが、二度目は耐性がついてしまっている分、作業はかなり難航し、王子が元の姿に戻った頃にはユーリマンがヨレヨレになった。
「貴方、珍しく怒ってたものね。『二度目は耐性がついてるから、効きにくいんだよ~!』だったかしら?」
「ぶっ……。いつも澄ました顔をしている君が……くくっ」
「ちょっ、ヴィオレッタ様! 笑かさないで下さいよ」
急にヴィオレッタがユーリマンの声真似を披露すると、給仕をしていたロジェ、リベラが噴き出す。いや、ロジェに至っては噴き出すのみに飽き足らず、腹を抱えて笑っている。
「ユーリマン、お前、頑張ったんだな……」
肩に腕を回して慰めてくるラザロスに対し、ユーリマンは何故か一番馬鹿にされているような気分になったのだった。
「でも、これで王家に対してまた一つ貸しを作ることができたわ。ユーリマン、何か欲しいものはないかしら?」
「今は特に何も思いつきません。……ですが、キャサリン様、書庫をお借りしても宜しいですか?」
「構わなくってよ」
褒美として何かを与えようと訊ねたヴィオレッタの言葉に、ユーリマンは首を振る。代わりに、彼はキャサリンに御伺いを立てた。
五公女の茶会は時々王宮で開かれる以外は、キャサリンの家で開かれるのが常だ。そして茶会の際にユーリマンが書庫に行きたいと申し出るのもいつものことだった。
「ユーリマンったら、最近は研究よりも読書に熱心ね」
「本から得られる知識も貴重ですから。……では、お嬢様。また後ほど」
ゆったりと一礼し、ユーリマンは中庭のガゼボを後にする。
下を向いている一瞬のうちにキャサリン、ジャスミン、グレイ、ラザロスの四人が視線を交わした事にユーリマンは気付きつつも、彼の口からは何も語られることがなかった。




