5.
不動産から出ると地下鉄の駅へ向かった。章斗が地下鉄駅の階段を降りかけた時、翔馬はポケットから携帯電話を取り出し、「ちょっと待ってて。」と言って、少し離れた所で電話をかけだした。
章斗は降りかけていた階段を上り直し、壁にもたれた。
翔馬は歩きながら携帯電話を耳元から離し、すぐに章斗の前まで戻ってきた。どうやら彼女である彩に電話をしていたようだ。
「章斗さ疲れているだろうし、まだ家になにもないし、寒いだろうから、今日は自分の家に泊っていきなよ。彩の許可はとってあるからさ。」
そういいながら、携帯電話を指すような仕草をした。
章斗は、翔馬の事だからこのまま一人残されるかと思っていたため、安堵の色を浮かべた。
「助かるよ。ありがとう。」
章斗は心からそう言った。
帰り道は来た時と逆のルートで金山まで戻った。翔馬と彩の家は駅から7分ほどの所にあった。オートロック式のセキュリティがしっかりしているマンションで、エントランスの扉も大きく防犯カメラも付いていたた。
章斗は今今自分が契約してきたアパートとは、雲泥の差だと思い口元が緩んだ。
二人は六階で降りた。部屋は向かい合うように、右側に三部屋、左側に二部屋あった。翔馬はその左側の一番奥の部屋の前で止まり、家の鍵を出そうとした。その時玄関の扉が勢いよく開き、「翔馬おかえりなさい。章斗久しぶりだね。」大きい目を細めて、笑顔で彩が出迎えた。
「ただいま。よく気がついたな。」
翔馬は玄関の扉を先に開けてくれた彩にそう言い、早々と靴を脱ぎ章斗に場所を譲った。
「お久しぶりです。髪の毛・・また短くなりましたね。」
章斗は靴を脱ぐ前に彩にそう言った。
「でしょー。短い方が楽なのよ。」
彩は自分の短い髪を撫でるようにして、笑って言った。
すらっと背が高く、黒髪のショートヘアーにくっきりと大きい瞳は、可愛らしさも感じさせたが、彩は翔馬の一歳年上なのだ。章斗は上手く吊り合っているカップルだなと思い、微笑ましく思えた。
そして章斗にとったら、初めての内地で沖縄とは習慣もペースも人も全くというほど違う為、ずっと気を張っていた。だから翔馬や彩とウチナーチュー同士で集まれている事はとても安心できたのだ。靴を脱ぎながら、ほっとした吐息が漏れていた。
「二人共、お腹すいたでしょう。ゴーヤーチャンプルー作るね。座って待てて。」
彩はそう言うと、腕まくりをしてキッチンの前に立った。
その後姿に向かって、章斗は「ありがとうございます。」と言った。
彩が夕飯の支度をしてくれている間、章斗は携帯電話で求人情報を見て仕事を探した。
「どういう業種で探してる?」
翔馬は自分で淹れたコーヒーを啜りながら聞いた。
「そりゃ・・飲食店ですよ。」
章斗は携帯電話の画面から目を離し、眼鏡を外しながら答えた。
「そうか・・じゃあ自分と同じレストランで働いたら?丁度アルバイトを募集していたんだ。」
「本当に?・・それは助かりますね。・・・じゃ受けてみようかな。」
章斗は心から嬉しそうに言った。翔馬の事は人として本当に尊敬し、慕っていた為、翔馬と一緒に働けるのは、大変嬉しい事だったのだ。
「よし!そうと決まれば、今日は新居祝いと内定祝いだな!」
翔馬は勢いよく立ちあがり、背伸びをしながら言った。
「いやいや、まだ決まったわけじゃないですよ。面接を受けないと・・・。」
章斗はそう言いながらも、とても嬉しくなり口元が緩んだ。
「できたよー。」
キッチンの方から彩の声が聞こえた。
「はーい。」と、翔馬と章斗の声が揃った。
このまま願いが叶っていき、苦手な内地でも翔馬と楽しく働き、夢を叶え、大好きな沖縄に戻れると思っていた。
2010年3月、沖縄では考えられない寒さが、まだ残る名古屋での出来事であった。




