表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

煮詰まった鍋




俺は今日、38になる。



トントントン

下でいつも通りの規則的な音が鳴っている。

いつも通り、夕飯の合図だ

でもおれはいつも通り、この部屋から出ていない。

出るのはトイレの時、大きいほうのときだけだ。

なぜって?顔を合わせたくないからだ。ババアともおやじともだ。

だってそうだ、部屋から出てこいとか働いてみたらどうだとかぬかしやがる。

ふざけんな。おれは心を壊してんだぞ。それもこれもいじめてきたあいつらのせいだ。

そうだ、外が怖いんだよ!おれを否定してのけ者にする世間が俺を壊したんだ!

でもまあいい、最近は自分勝手な要求をしなくなってきたからな。ようやく俺の正しさに気が付いたんだ。まったく知能の低いやつは理解するまでが遅い。

…階段を上ってくる足音だ。よし、今日も普段の恨み言の一つでも言ってやろう

「あーあ!税金は上がりっぱなしだし物価は高いまんま!どうしてこんな腐った政治家だらけなんだろうなー!この国は!それもこれも選挙を人気投票と勘違いしたお前ら世代のせいだよなー!あーあ!こんな世の中じゃ働きたくても働く気なんざおきねぇよなぁ!?」

「晩御飯置いとくわね。」

「逃げんなよ戦犯世代がよぉ!ちっ、行きやがったか腰抜けめ」

まったくこれだから甘やかされてのうのうと生きてきたやつらは。

さてさて、今日の飯は何かな?この匂いは生姜焼きだな?へへ、無能だけど飯だけはうまいんだよなぁあのババァ。

置かれた夕食を部屋の中に引きずり込み、汚い持ち方で箸を舐めながら夕飯を平らげる。

少し物足りないがまぁ言い、あいつらが寝静まってから物色すりゃいいだろう。

ご飯粒が残ったお茶碗、添えられたキャベツの千切りはすべて残し、食べ散らかした食器類。それらが乗ったお盆を雑に扉の前に投げ捨てる。そのうち持っていくだろ。

さて、あいつらが寝静まるまで動画でも見ながらスレで無能どもを論破してやるか。

…いつからこうなっちまったんだ…あの時言いなりにならなきゃこんなことには——


ゴト、ゴト


ババアどもの生活音だ。まったく耳障りだ。この音がおれの精神をやすり掛けするみたいに削ってくる。おれの大事な時間を汚しやがって。

腹いせに動画の音量を最大限上げてその生活音をかき消し、ようやく自分の世界に入り込めた満足感とアイツラの生活を上から塗りつぶしてる優越感でべっとりとした笑みを浮かべる。

正直何の動画を見てるかは気にしていない。俺の世界をにぎやかにしてくれるから流してるんだ。

たまに流れてくる政治系の動画で世の中のことを理解する。世間がいかに腐っているか、まじめに生きることがどれほど無駄か。だからこそ自分はこうして正しく生きていると胸を張っていけるんだ。


さて、もう日付も変わったしあいつらも寝てるころだろ。小腹も空いたし何か物色しに行くか…

扉を開けた眼下には数時間前に放り出した食器類が。

おいおいババア、下げてねぇじゃねぇか。まったく無能がよ。もうボケ始めてんのか?しゃーねぇ、またきつく叱ってってわからせてやらねぇとな!

足元のお盆を蹴り飛ばして進路を確保。どすどすと肉を揺らしながら台所へ向かう。

いつも通り炊飯器の中には白米が残ってる。よしよし、いつものカップ麺メシで今日も頑張ったおれの腹を満腹にしてやろう…

買い置きしてるカップ麺を2、3個握りしめてシュリンクをはがし、お湯を入れようとする。が、途中でお湯が出なくなる。一瞬で怒りが沸騰して目の前が真っ赤になり、怒りのまま大きな声で鳴き声をあげる。

「ああああああああ!!!!!!!!お湯!!!!ねぇじゃ!!!ねーか!!!!!!クソババアアアア!!!!!!」

地団駄を踏み、床をきしませる。普段ならこれで起きてきたところを不手際を攻め立てお湯を沸かさせる。が、今回は出てこない。

「チッッ!!」

聞こえるように大きな舌打ちを鳴らして強く床をけるように踏み、しぶしぶ自分で湯を沸かし始める。

イライラを発散するため沸かしてる鍋に砕いたカップ麺の中身をぶちまけてやる。当然火加減は強火だぜ、こうすりゃ調理時間の節約にもなる。やっぱりおれは賢いな。

時間経過とともにカップ麺が出来上がっていく香りが立ち込める。悪くない。これをメシのうえにぶっかけてかき込んでやるぜ。

あふれてくるよだれを袖で拭う。しょっぱい。

そうだ、卵も入れよう。確か卵は冷蔵庫の中…あ?どこだよ…にしてもきたねぇ冷蔵庫だな、ちっとは整理しろよなクソババァ

卵を探すのに気を取られ、いつの間にか焦げついてきているのにも気が付かなかった。

ほどなくして慌ててこっちに来る足音が聞こえた。その音でようやく中身が焦げているのに気が付く。


ガチャ


台所の扉が開き、ババアが慌てて火を止める。ようやく俺の怒りの矛先を向ける相手が来たと鼻息荒く近寄り、真っ赤な顔で怒声を吐き散らす。

「クソババァ!お前のせいで——」

真っ暗な顔、一瞬その手に光るものが見え




ギャァーギャァー

 アオサギが鳴いて飛び立った

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ