第九話 フランボワーズショコラタルト②
「⋯⋯」
朝、私の隣で寝ていた女の子は、起きるとぱちくりと目を見開きました。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
と、先に起きていた私が声をかけますと、女の子はコクンと頷きます。
「ヴァルハルト様と話していました。貴女の名前を教えてもらってもいいですか?」
「⋯⋯エステル」
「可愛い名前ですね」
エステルは目をこしこしとこすりながら、私の服の裾を掴みました。
「さあ、顔を洗って着替えをして、朝ごはんにしましょう」
支度をしてキッチンへ行くと、ヴァルハルト様が「よ!」と手を上げました。エステルはまだ少し警戒しているものの、私の服の裾を掴んだまま、中へ入っていきます。
「今日はサンドイッチにします。エステル、一緒に来てくれますか?」
エステルはトコトコとついてきて、私が言う通りに卵を茹でたり、菜っ葉をちぎったりと上手に手伝ってくれます。普段からお父様の支度を手伝っていたのかもしれませんね。
ヴァルハルト様はその間にローストビーフをカットして、オニオンソースを作ってくれました。私はバケットを炙って、ココアを入れます。コーヒーがあればなお良いですね。今度街の品物屋さんに聞いてみましょうか。
ローストビーフとゆで卵スライス、それにトマトとレタスを挟んだサンドイッチを取り分け、皆にホットココアを出して私たちは席につきました。
私とヴァルハルト様は食前の祈りを捧げますが、エステルは「魔族に永劫の繁栄があらんことを」と不思議な仕草をしています。こんなところにも習慣の違いが表れています。
「⋯⋯おいしい」
一口かじると、どちらかと言うと無表情気味だったエステルの表情が、パッと輝きました。
「ヴァルハルト様のソースはどうやって作ったんですか?」
「玉ねぎをみじん切りにして、酒とバターと赤ワインとビネガーと塩コショウを混ぜて火にかけました」
「すごく手間がかかっていますね! コクがあって美味しいです」
「アリサ様の世界ではどうやって食べていましたか?」
「そうですね⋯⋯。『醤油』という調味料を使っていました。大豆を発酵させたものです」
「へえ! 便利そうですね。こちらの世界にも似た物があると良いのですが⋯⋯。今度、商人に聞いてみます」
エステルが不思議にそうにしているので、私は別の世界から来た旨を伝えました。城から追放されたと聞くと、エステルは眉根を寄せて難しい顔をします。
「アリサ、悪くないと思う」
「ありがとうございます。もう吹っ切れたから大丈夫ですよ」
「ねえ、ところでアリサはなんでそんな話し方なの? 丁寧すぎない?」
「昔、王城で聖女としての礼儀作法を教えられ、この言葉遣いが抜けなくなってしまったんです。気にしないでください。エステルは楽に話して良いんですよ」
「うん! そうする!」
「あの、不敬かもしれませんが、俺も敬語を外していいですか?」
「もちろんです。その方が私も嬉しいです」
「じゃあ⋯⋯これからよろしく。アリサ、エステル」
ヴァルハルト様に名前を呼ばれると、なんだかドキドキします。
エステルは私を見て、ヴァルハルト様を見て、もう一度私を見て「ふ〜〜〜ん」と意味ありげにニンマリしました。
「な、何? エステル」
「⋯⋯なんでもない」
「何か言いたそうじゃないか」
「別に〜?」
ニコニコしながら、サンドイッチをもぐもぐと咀嚼しています。起きた当初より少しリラックスしているようなので、安心しました。食欲もありますし、傷も治って元気そうです。
「なあ、エステル。俺は生活のために魔物を倒さなきゃならない。魔物の素材を換金するんだ。それは苦にならないか?」
「魔物と魔族は違うから気にならない」
「そうなんですか!? ごめんなさい。知らなかったです⋯⋯」
「魔物の中でも高いマリョクと高いチセイを持つものが魔族になるって、父様は言ってたよ」
「そっか。イヤな思いをさせたらごめんな」
「別に良いの。魔物は私たちの言うことを聞かないものも多いから⋯⋯」
魔族側から聞く話は新鮮なものばかりで、私は今までどれほど世間知らずだったか痛感しました。
エステルは外見こそ八歳くらいの少女ですが、年は百八十五歳になるそうです。父親は二千歳を超えているとか。やはり魔族は長生きですね。
「後、前からずっと思ってたんだけど、瘴気が出るのは私たちのせいじゃない」
「え!?」
「そ、そうなのか!?」
「確かに私たちからも出ているけれど、大地が生命の負のエネルギーを受け止めきれなくなった時、瘴気として放出させてるの。それが魔物に姿を変えてるだけ。なのに、人間は『魔王さえ倒せば⋯⋯!』『魔王さえいなければ⋯⋯!』って。ひどいと思う」
「負のエネルギーってなんなんだ⋯⋯?」
「誰かを妬み疎み憎む気持ち。憎悪や穢れよ」
つまり、瘴気が満ちてくるのは、私たちの日頃の行いのためなのでしょうか。
魔王を倒しても、私たちが変わらない限りこの世界は救われないのです。これにはヴァルハルトも絶句していました。
「⋯⋯悪い。何も知らず父さんを手にかけた。本当に省みるべきは俺達だったんだな」
「ううん。仕方ないよ。今まで魔族と話そうとする人間なんていなかったし。ましてやご飯を一緒に食べるなんて」
エステルは外見こそ幼いのに、随分としっかりしているようでした。ヴァルハルト様を受け入れ、泣きもわめきもしません。本当は、憎悪を向けられても仕方がなかったかもしれませんが。
「今日、俺は魔物を討伐して換金できそうな素材を探して来る。アリサとエステルはここで待っていてくれるか?」
「はい。エステルとショコラタルトを作っています」
「ショコラタルト! 食べたい⋯⋯!」
エステルは飛び上がって喜んでいます。初めて食卓には笑顔が広がりました。




