第八話 フランボワーズショコラタルト①
「アリサ様⋯⋯その子はまさか⋯⋯」
「すみません⋯⋯」
絶句されているヴァルハルト様に私は事情を説明しました。私の作ったものを食べれば、傷が回復し、瘴気が浄化されるかもしれないことも。
魔王の子は怯えて私の影に隠れています。この子にとっては、父親に深手を負わせた相手です。恐ろしくてたまらないでしょう。
「この子を匿っていれば、魔王は必ずここへ来ます。ただ、放っておけなくて⋯⋯」
「アリサ様のお気持ちはよく分かります。俺だって、こんな小さな子を攻撃したくはない」
ヴァルハルト様は距離を取りながらそっと膝をつき、魔王の子に話しかけました。
「俺は勇者だ。国王陛下から君のお父さんを討伐するように命じられた。君のお父さんが魔物を使役し、魔物が人を襲い、たくさんの人が怪我をしたんだ」
「⋯⋯」
「でももしかしたら、アリサ様のご飯を食べたら魔物が少なくなるかもしれない。君の傷も治っただろう?」
女の子はわずかにうなずきます。
「俺は君を斬らないよ。俺はもう一度君のお父さんと話をしたいと思う。だから、それまで俺のところで暮らさないか? ⋯⋯父さんを斬った俺と一緒にいるのは怖いかもしれないが」
女の子は私の服を掴んだまま、長い間迷っていました。でも私を見て、ヴァルハルト様を見て、そしてレアチーズタルトを見て⋯⋯やがてコクンと頷いたのです。
ヴァルハルト様が女の子を抱き、私はお皿やコップを持ってマジックハウスへ帰りました。女の子はずっと大人しく抱かれていて、帰ってきて湯浴みをさせてから寝かせると、あっという間にすやすやと寝付いてしまいました。
「そういえば、名前を聞き忘れましたね。明日聞きましょうか」
「あ! 私も聞き忘れていました」
「アリサ様に危害を加えられなくて本当によかった。魔王がいつ戻ってくるかわかりません。気をつけてくださいね」
「はい、気をつけます。あの、ヴァルハルト様。お食事にしませんか? お腹が空いておられるのでは?」
「おおっと、あの子の件ですっかり忘れていました。アリサ様も一緒に食べましょう」
二人で夕食をとった後、私はデザートにレアチーズタルトを出しました。もちろんブルーベリーとミントも盛り付けています。
ヴァルハルト様は一口食べて「これはまた一段と美味いですね!」と感嘆した様子です。
「冷たくて口の中でほどよく溶けていきます。このハーブがまた味を引き締めていますね」
「前の世界でも大好きだったんです。どんな果物を乗せても合います。そう言えば、ヴァルハルト様はどんなお味が好きですか? 先日たくさん材料をいただいたので、大抵のものは作れるかと思います」
「滅多に食べられませんが、俺はショコラが好きです。食べた時の多幸感がたまりません」
「良いですね! では、レアチーズタルトが無くなったら、ショコラとフランボワーズのタルトを作りましょう」
「聞いているだけで腹が減ってきました」
「その⋯⋯ヴァルハルト様。荒唐無稽なお話とは重々承知しているのですが⋯⋯」
私はずっと考えていた案を伝えました。笑われるかと思いましたが、ヴァルハルト様は真剣に聞いてくださいました。
「魔王に、何か食べてもらえないでしょうか」
「浄化のためですか?」
「はい。そうすれば、魔物も発生しなくなるかもしれません。もちろん、そんな甘い話が通用する相手ではないかもしれませんが」
「俺が対峙した魔王は、好敵手を探し続ける戦闘狂でした。ただ、魔界に逃げ延びる最後まで娘の身を案じていました。ギリギリまで娘の存在を隠していたほどです」
「子煩悩なんですね」
「おそらくは⋯⋯。なので、あの子が元気でいたら考えを改めるかもしれません」
私はあの子ともっと話をしてみたいと思いました。ただ命じられた通り浄化する日々から、初めて自分から誰かのためにこの力を使いたいと、そう思った瞬間でした。
「アリサ様が来てくださって、何かが変わり始めたような気がします」
ヴァルハルト様はコップのホットミルクを口にしながら、しみじみと呟かれました。
私は曖昧に笑って、レアチーズタルトをもう一切れ切って、ヴァルハルト様のお皿に乗せました。




