第五十四話 建国祭②
二日間の青空茶会は大成功に終わりました。茶会終了後も販売を検討してもらえないかと、問い合わせがあった程です。
私はまた別の街で開催予定の旨を伝え、片付けを行いました。
今は着替えと支度をするため、服飾店に向かっているところです。
「いよいよ舞踏会ね! ヴァルハルトも正装してくるはずよ。楽しみね〜アリサ!」
「そうですね。きっととても⋯⋯」
ヴァルハルトの正装を見るのは初めてです。私は胸の高鳴りを抑えられませんでした。
「きっと〜? 何〜?」
「え、い、いえなんでもありません!」
「格好いいと思うわ! 美男美女でお似合いね!」
「もうエステル。からかわないでください⋯⋯」
「父様も見に来るかもって言ってたわよ!」
「えぇ!? しかし舞踏会の会場に入れるのは⋯⋯」
「だから、二人が会場に入るところまで見守るって!」
やっぱり魔王しからぬ優しい方ですね。
私はエステルと連れ立って店舗前の執事に声をかけました。以前と同じ片眼鏡の執事は、「お待ちしておりました」と穏やかに微笑みます。
中に入ると、女性の担当者が出てきて「さあ、いよいよ当日ですね! しっかりお支度させていただきますよ〜!」と元気に挨拶をしました。
コルセットをしめ、ドレスに腕を通し、白手袋をつけます。装飾品を身につけ、薄くお化粧をしてもらいます。最後に銀の靴を履き、担当の女性に仕上げをしてもらいました。
「完璧ですね。さあ、外に馬車を待たせております。お乗りください。着いた先でお連れ様がお待ちです」
「私がヴァルハルトに話しておいたの!」
エステルがにっこりして、私の手を取ります。二人で馬車の入口まで行きますと、エステルは「私はここまで! 行ってらっしゃい!」と手を振りました。
「何から何までありがとう」
「いいの! アリサが楽しいのが一番だから!」
エステルに別れを告げて馬車で会場まで向かいます。会場は城の別館の大広間でした。
早めに出たからか、それほど馬車は混んでいません。
しばらく馬車に揺られて別館に着きますと、ヴァルハルトが外で待っていました。
黒を基調とした正装に金の装飾がほどこされています。赤いマントが翻り、ヴァルハルトの茜色の瞳によく合っていました。
「アリサ」
ヴァルハルトは私の手をとって馬車から下ろしてくれました。
「なんていうか⋯⋯。眩しいな!」
「ヴァルハルトこそ直視できないわ⋯⋯」
二人で顔を見合わせ吹き出しました。それからヴァルハルトはとても真面目な顔で「すごく綺麗だ」と耳元で囁きました。
不意打ちに耳を押さえて赤くなりますと、「さあ、行こう」と私をエスコートしながら別館へ向かいます。
私はふとたくさんの人混みに紛れて誰かが佇んでいることに気が付きました。
魔王です。
人間に変装した魔王がこちらを見て「ふっ」と笑いました。そして、どこかへ行ってしまいました。
「本当に見るだけね⋯⋯」
「アリサのドレスを見たかっただけじゃないか⋯⋯?」
「どうしたの?」
「いや。なんでもない」
ヴァルハルトと腕を組んで入っていきますと、何組かの婦人たちが一斉にこちらを見ます。何人かはヴァルハルトにぼうっと見惚れていました。
ふと私でいいのか、他にもっとふさわしい人がいるのではと⋯⋯。微かに不安がよぎります。
でもヴァルハルトの横顔は心底楽しそうで、私も今この時を楽しもうと思いました。
奥には第二王子殿下と第三王子殿下もいらっしゃいます。私たちを見ると、すぐに近寄ってこられました。
「先日の茶会は素晴らしかったです。父上も終始機嫌よく、何度も称賛していました」
「ありがとうございます。楽しんでいただけたなら幸いです」
「勇者様も我々の護衛に当たってくださり、感謝を申し上げます」
「いえ、重大な任務を拝命し光栄です」
第二王子殿下は婚約者の方を紹介され、続いて私たちは第三王子殿下にご挨拶しました。
第三王子殿下はまだ婚約者がおられず、多くの貴婦人が遠目にひそひそと話し合っていらっしゃいます。第三王子殿下は簡易な挨拶をすませると、矢継ぎ早に話し始めました。
「アリサ様。ドレスが非常にお似合いです。本当にお美しい⋯⋯」
「い、いえ。服飾店の方が配慮してくださったためです。私は元々地味ですし」
「そんなことはありません。この国では珍しい黒く艷やかな髪に翡翠のドレスがとても映えています」
第三王子殿下は少し頬を紅潮させながらおっしゃられました。
珍しく、ヴァルハルトが私を軽く引き寄せます。見上げますと、ヴァルハルトは笑みを浮かべたままですが、ほんの少し先ほどとは違った種類の笑顔のように見えました。
「パウル」
第二王子殿下が咎めるように声をかけてこられます。
「勇者様がおられる」
「は、も、申し訳ありません」
ヴァルハルトは「今夜は私が相手をさせていただきます」と静かに返し、さっとその場を離れました。
「ヴァルハルト⋯⋯? 少し怒ってる?」
「ああ⋯⋯いや、悪い! 俺もまだまだ未熟だな!」
ヴァルハルトはまた心からの笑顔に戻り、「アリサ。今日はたくさんダンスの申込みがあるかもしれない。それでも、俺と踊ってくれるか?」と迷うように聞いてきます。
「私はヴァルハルトじゃなきゃイヤよ」
ヴァルハルトは私に手をのばしかけましたが、周囲の様子を見て引っ込めました。
「あー! もうここが会場でなければ⋯⋯!!」
と地団駄を踏む子どものように唸っています。
私は「踊れなくなってしまうわ」と笑い、また二人のあいだにはいつもの空気が戻ってきました。




