第五十一話 建国祭へ向けて⑤
「ヴァルハルト。私は建国祭のタルトをいちごのタルトにするわ」
私は帰り道に銀竜の背に乗りながら話しかけました。
「そっか。国王陛下にも食べていただいたし、何よりアリサの思い出のタルトだもんな」
「ええ。誰でも親しみやすく、食べやすいタルトだから。アーモンドクリームの上にディプロマットクリームを乗せて、イチゴのピューレをかければいいと思うの」
「きっと喜ばれる。陛下もあれだけ喜んでおられたんだ。なあ、アリサ。その……色々きつくなかったか?」
ヴァルハルトは気遣うように尋ねてきました。
「不思議ね。第一皇子殿下とレスティとは色々あったのに……。今は後味の悪さしかないの。竜の宝玉をもってしてもあの二人は救えなかった。もう少し何かできたんではないかって、そう思ってしまうの。偽善かもしれないけれど」
「結局二人とも自分の内側から出た魔物にやられたんだ。どちらにせよ、遅かれ早かれこうなっていただろう。だからアリサが気に病むことはない」
「……ありがとう」
ヴァルハルトは竜を横付けして、そっと笑いかけてくれました。
きっと世界中のどんな浄化の魔法も、自分の内側の穢れには勝てない。私も自分を律していかなければなりませんね。
マジックハウスに戻ると、エステルとシュクレが心配そうにこちらへ駆け寄ってきます。二人の顔を見て、私はなんだかほっとしました。今日は二人に続いて魔王も出てきます。
「王族にかかわってもろくな目に合わんぞ」
「大丈夫です。ヴァルハルトがいますから」
「ふん」
言葉はぶっきらぼうですが、同じく心配してくれたのでしょう。
「魔王陛下。国王陛下が正式に話し合いの場を持ちたいとおっしゃっていました。私とヴァルハルトも立ち会います。来ていただますか?」
「用意はある。しかしそう簡単に魔族への不信感が拭われるとは思わない。一度使者をよこすようにする。幾度か対話を重ねた後にしてもらいたい」
簡潔に答え、魔王は「いちごのタルトを作ったと聞いた」と中へ入っていきます。
ついていくと、キッチンのテーブルの上に、色鮮やかな大粒のいちごがいくつも並べられていました。
「どうされたんですか、こんなにたくさんのいちご……!」
「魔王城の菜園で作っている。今年は豊作だった。使えるなら使え」
「以前りんごを持ってきてくださったのも、もしかして……」
「城の庭で育てたものだ」
「奥様のご趣味だったんですか……?」
「逆だ。妻は作物を枯らす天才だった」
つまり魔王自身の趣味が家庭菜園で、たくさんとれたから持ってきたと。
ヴァルハルトが後ろでくっくっくと肩をふるわせている気配がします。
「あの、実は建国祭に出品するアフタヌーンティーセットの一番上のタルトをいちごにしようと思っているんです。陛下のいちごを使わせてもらってもいいですか? まだ日があるのでもう一度いただくことになってしまいますが……」
「魔族はあまりいちごを食わん。腐らせるよりはいい。また持ってくる」
「感謝します」
魔王は戦闘狂で娘が命なだけで、根はとても面倒見のいい方です。せっかくなので、私は今回もらったいちごを使ってお菓子を作ることにしました。
「ミルフィーユを作ります。よかったら陛下も一緒にどうですか」
「父様。一緒に作ろ~!」
「む」
「チュウ??」
「ミルフィーユは、パイ生地を重ねて中にカスタードクリームをしぼり、上にお砂糖をかけたお菓子です。さくさくしていて、食べやすいですよ」
「よーし、じゃあ、さっそく作るか!」
みんなで手を洗い、道具の準備をします。シュクレは一人ほてほてと自室へ行き、なんとヴァルハルトと魔王の分のエプロンを持ってきました。
ヴァルハルトは紺色に金の刺繡の入ったシンプルなエプロン、魔王は空色に緑の刺繍の入ったエプロンです。
ヴァルハルトは「すごいな! ありがとな!」さわやかにお礼を伝え、魔王は「……後でチーズを持ってくる」とぼそっとつぶやきました。
皆がにぎやかに材料の計量をしてくれ、私はさっそくパイ生地の準備に取り掛かりました。
まず無塩バターを常温に戻し、塩を一つまみ入れて、卵黄を入れます。
次にふるった薄力粉と強力粉を少しずつ入れ、ぽろぽろとこすりあわせるように混ぜていきます。
最後に牛乳を計量スプーンで加えてドレッジでひとまとまりにしていきます。何度か混ぜるときれいな塊になるので、ラップでくるんで冷やしておきます。
その間に魔王とエステルがいつもの手順でカスタードクリームを作って冷やしてくれました。
パイ生地を寝かせたら一度取り出して薄くのばし、三つ折りにして冷蔵庫で寝かせます。
もう一度取り出して三つ折りにして寝かせ、同じ工程を再度繰り返します。
出来上がったら、のばして穴をあけ、二百度のオーブンで焼き、一度取り出してお砂糖をまぶしもう一度焼きます。
これで生地が完成しました。
寝かせる時間が長かったため、パイ生地を取り出すころには夕方になっていました。
でもエステルはシュクレと遊びながらきちんと待っていてくれました。ヴァルハルトと魔王は言葉数は少ないながらも、王都の情勢や今後について話し合いをしています。
パイ生地が仕上がったら、カスタードクリームといちごを挟み、上にもいちごとクリームを乗せて飾り付けをします。
最後にアプリコットのナパージュをぬって、お砂糖をまぶしたら、きれいなミルフィーユが出来上がりました。
「うわあ! パイ生地が何層も重なってる!」
「これがこのお菓子の特徴なんです。夕食後のデザートに食べましょうか。まずは夕食にしましょう」
私は余ったパイ生地につけるため、鶏出汁風味の生クリームソースとサラダを作り、食卓に並べました。
皆が手伝ってくれたので、あっという間に終わります。
「いっただっきま~す! うわあ、このパイ生地、さっくさく! ミートパイの生地ともまた少し違うね⁉」
「ミートパイの生地は寝かせる工程を短縮しています。こちらの方が一枚一枚の層が薄いかもしれないですね」
「このソースと鶏肉は絶品だな! 野菜も入ってるのか?」
「ええ。セロリやパセリ、人参、たまねぎなどを入れています」
「……うまい」
「チュウチュウ!」
私もソースをすくってパイ生地につけます。鶏の風味がパイに溶けて、ほろほろと崩れていきました。
食後に皆で作ったミルフィーユを出すと、エステルとシュクレが歓声をあげました。
「待ってました! すごいバランスね。気を付けないと壊しちゃいそう」
「ミルフィーユの最大の欠点はそれですね。崩れやすいんです。だから、建国祭には出せませんが」
「このマジックハウスだけの特別なお菓子ってことだな!」
魔王がくれた大粒のいちごはミルフィーユの上でつやつやと光り輝いています。
皆でわいわいとにぎやかに食べるお菓子は、幸せの味がしました。




