第五十話 建国祭へ向けて④
数日後、私は国王陛下へ渡すためのタルトを作り、竜の背に乗って王城へ向かいました。今回は一番シンプルないちごのタルトです。
城へ着くと、私たちは国王陛下の元へ通されました。
陛下は数日前にお目覚めになられて、ちょうどヴァルハルトと私を呼び寄せようとしていたところだったそうです。
陛下のそばには、第二王子殿下と第三王子殿下が付き添っておられ、王太子殿下の姿はありませんでした。
「勇者ヴァルハルトと聖女アリサか。まずはこの通り私の病が完治した。聖女アリサが癒しの力を行使し、偽聖女レスティの闇魔法から私を救ったと聞いた。心より詫びと御礼を申し上げる」
「陛下が快癒されて安心いたしました。お体はいかがですか?」
「非常に身体が軽く、痛みも何もない。頭も鈍痛が無くなり、以前のように物を考えられるようになった」
顎髭をたくわえ、背筋を真っ直ぐにのばした陛下は、お元気だった頃の威厳を取り戻しておられました。
「思えば、あの偽聖女が王宮へ出入りし始めた頃から体調を崩し、伏せる日が増えていった。聖女アリサがいなければ、国が傾いていただろう。偽聖女を尋問した結果、王族や魔物、数多の民への闇魔法の行使、聖女アリサへの冤罪工作、巨人討伐における虚言など数多の罪を認めた。加えて、王太子の罪も許されるものではない」
国王陛下が側近に目配せしますと、治療師たちに支えられて王太子殿下が入ってこられました。
額から頬にかけて大きな傷跡が残り、目は落ち窪んで以前とは別人のようです。
王太子殿下は生気のない顔を陛下に向け、「お、お、お呼び、でしょうか。へ、陛下。へへ、へへへへ」と薄ら笑いを浮かべながら話しました。
「そなたは私のおらぬ間に国を存亡の危機にさらした。聖女の真偽も見定めず、アリアナ公国との縁談を軽々しくすすめ、ノーザンド帝国と密約まで交わした。そなたは嫡子の任を解き、生涯城の一室で監視させてもらう。平民に降格したいところだが、そなたはまた要らぬ問題を起こしかねぬ。城で自ら犯した罪を悔いるがいい」
殿下はガックリとうなだれ、言葉もなく連行されていきます。
殿下は紛れもなく亡き王妃陛下の血を受け継ぐ、国王陛下の長子です。
にもかかわらず、この厳しい決断に、私はなんと申し上げていいのか言葉を見つけられませんでした。
ヴァルハルトは一連の流れをただの一言もなく見守っていました。
そこには非難も怒りも蔑みも憐憫もなく、ただ起きた事実を透徹した眼差しで見通しているだけでした。
「第一王子はこの通り報いを受けた。償いにもならないが、これをもって王家のけじめとさせていただく」
「第一王子殿下の身体と心を完全にはお救いできなかったこと⋯⋯。本当に、申し訳ありませんでした」
「聖女云々を問わず、そなたは素晴らしい女性だ。そうだな、もし王太子がレスティと出会わずそなたと婚姻を結んでいれば⋯⋯。また違う結末があったかもしれぬな」
一瞬。
ほんの一瞬ですが、国王陛下の瞳に一国の主ではなく、父親としての感情がよぎりました。
しかしそれは蝋燭の火のごとくふっとかき消え、陛下はすぐに第二王子殿下へ声をかけられます。
「ランティス。今後はそなたを王太子とする。建国祭にて儀式を行う。そのつもりでいるように」
「かしこまりました。陛下」
第二王子殿下は跪いて、両手を組んだまま顔の上へあげます。これは命を承った印です。
「偽聖女を呼べ」
陛下が短く命じると、瞳をあらぬ方へ向け、よだれを垂らしながら、髪をぼさぼさに振り乱したレスティが衛兵たちに連れて来られました。
「ノーザンド帝国は罪人の輸送を許諾した。お前は数日後に帝国へ送られる。ナサ男爵家は爵位を剥奪する。何か申し開きはあるか」
「呪う呪う呪う呪う呪う⋯⋯」
うつむいたまま、恐ろしい言葉をぶつぶつと呟いています。
「もう良い。連れて行け」
陛下は顔も見たくないといった風にレスティを追い払い、コホンと咳払いをしました。
レスティは私とヴァルハルトを見て、「死ね!!!!」と激しく叫び、衛兵たちに引っ立てられていきます。
ヴァルハルトが私の手を取り、そっと握りしめてくれました。
「さて、長らく引き止めてすまなかった。勇者ヴァルハルト、及び聖女アリサには報奨金を支給する。タハラの街の商業ギルド宛で良いかな?」
「感謝を申し上げます」
「魔王とは追々話をさせてもらうが⋯⋯。我々としても、相手の言い分を鵜呑みには出来ん。勇者ヴァルハルトと聖女アリサの立ち会いの元、今後について会合の場をもたせてもらう。さて、私からは以上だ。他に何かあるか?」
私はヴァルハルトのマジックポーチからいちごのタルトを取り出しました。陛下の目が丸く見開かれます。
「私の作った菓子や料理には浄化の作用が宿ります。もしよろしければ、召し上がっていただけますか?」
「なんと、それが評判のタルトか! ぜひ一度食べてみたいと思っておったのだ。すまぬが、慣例で毒味係を呼ぶ。悪く思わぬように」
私は陛下に呼ばれた毒味の担当者にタルトを渡しました。毒味の担当者は一口かじり、「おお⋯⋯! 身体が澄み渡るような気がいたします、陛下」と報告しました。
そして、大臣から国王陛下にタルトが渡され、陛下はそのままモグモグとお召し上がりになります。実に豪快で美味しそうな食べ方でした。
「これほど美しく、香ばしい菓子があったとは、生まれ変わったような心地だ。そう言えば、第二王子から聞いたが、建国祭にもタルトを出すのか?」
「はい。アフタヌーンティーセットを出品予定です」
「ぜひ我々も試食させてもらいたい。全面的に資金援助もさせてもらおう」
陛下は厳しい表情を緩めて、初めて口角をあげました。
第一王子殿下への処遇で痛めた心が少しでも回復していればと⋯⋯。
私は願わずにはいられませんでした。




