第五話 街へ
翌朝、ヴァルハルト様はタルト型をいくつかとタルトストーン、それにクッキングシートと木ベラを渡しに来られました。
「クッキングシートはヤネリー紙にパルクの樹脂とアイススライムの魔石を砕いたものを塗って乾かしました。耐熱性もあるので、オーブンに入れられます」
「すごいですね。まさかクッキングシートも作ってしまうなんて」
「聖女様の手作りのスコーンを食べたからか、すごく体調が良いんです。もしかすると、食べ物にも回復効果があるのかもしれないですね」
考えたことはありませんでしたが、私も昨日は夜遅かったのにあまり疲れていません。
食べ物にも聖女の力が宿る。
それは新しい発見でした。
「俺は今日街で買い出しをする予定ですが、一緒に行きませんか? タルトの材料も必要ですよね?」
「ありがとうございます。良いんですか?」
「もちろんです」
私たちは旅支度をして、家の外へ出ました。ヴァルハルト様は家を元の小さな銀の球体に戻し、腰のポーチから金色の笛を取り出します。それを吹くと、どこからともなく翼の生えた生き物が飛んできました。
「ワイバーン!? ですか⋯⋯!?」
「俺の相棒のフレイヤです。おーい、フレイヤ。新しいお客さんだぞ!」
フレイヤと呼ばれた赤いワイバーンはぼっと小さく炎を吐きました。
「街の近くまで乗っていって、途中から歩きましょう」
そう言って、ヴァルハルト様は赤いワイバーンの上につけられた鞍に私を抱きかかえながら乗せ、自分は私を抱え込むようにして綱を握りました。背の鞍には捕まる部分もついていて、そこを握ると、ヴァルハルト様の温もりが背中から伝わってきます。
——バサリ
ワイバーンが舞い上がりました。辺境の地を抜け、山や草原が次々に流れていきます。
ヴァルハルト様がしっかり支えてくださっているため落ちそうになることもなく、爽やかな風が耳元を吹き抜けていきました。
どれほど飛んだでしょうか。体感としては、一時間程かもしれません。ワイバーンが少しずつ速度を落とし、そっと地面に降り立ちました。
ヴァルハルト様が先に降りて私を抱きかかえてくださいます。吐息がかかるほど顔が近くなり、私は思わず視線をそらしてしまいました。
「さあ、行きましょう」
ヴァルハルト様が槍を持ち、警戒しながら歩きます。辺境の地から離れていることもあり、それほど瘴気は感じられません。しかし、魔物の姿はちらほらと見えました。
「ギギー!!!!」
突然、緑色の肌のゴブリンが飛び出してきました。目は外側に飛び出し、唇からはよだれが滴っています。私は瞬時に浄化の力を使いました。
「え⋯⋯!?」
なぜでしょう。全てを清め、悪しき心を溶かすはずの力が全く通用しません。様子のおかしいゴブリンは、よだれを撒き散らしながら飛び掛ってきました。
「俺が行きます!!」
ヴァルハルト様が叫び、両手で槍を握ると一閃。横薙ぎに払い、ゴブリンを真っ二つに切り裂かれました。ゴブリンは「ギャギャギャ⋯⋯」と断末魔の声を上げながら消えていきます。
私はヴァルハルト様に庇われたまま、身体を硬直させていました。
「ありがとうございました。すみません、まさか浄化が効かないなんて⋯⋯」
「あのゴブリンは普通のゴブリンと違い、どこか様子がおかしかったです。気にしないでください。アリサ様のせいではありません」
切々と答える横顔は真摯なものでした。ヴァルハルト様はそのまま、浄化の効かない魔物の相手を一手に引き受けてくださいます。
道中の魔物は全くヴァルハルト様の相手にならず、しばらく歩くと街に到着しました。久しぶりに賑やかな人々の声を聞き、そんな場合ではないのに、少しだけ私の心は浮き立つような気がいたししました。
「お金は使わないでくださいね。全て俺が払います」
「し、しかし私は聖女としての報奨金をいただいています。私が払います!」
「それは取っておいてください。これは俺の矜持です」
ヴァルハルト様はあっさりそう言って、店舗が立ち並ぶ区画へ入っていきました。
「いらっしゃい! おお、勇者様ですか。今日はどんな物をお探しですか?」
少し歩いて西側の区画の三軒目の店に入り、ヴァルハルト様はお店の方に話しかけられました。
お店はかなり広く、前の世界の冷蔵室、冷凍室のようなものも設置され、中にはバターやチーズなどが入っていました。
「今日はこの方の探している食料品を買いたい。ここなら、大抵のものは揃うからな」
「そうですね。私共は異国からの珍品も多数そろえております」
「あの、無塩バターはありますか?」
「もちろんございます。お菓子を作られるので?」
「はい。タルトを作りたいんです」
「おお、タルトですか。遥か遠い異国でそのような菓子があると聞いたことがありますよ。お嬢様は博識でいらっしゃいますな」
「いえ、そんなことは⋯⋯」
「この子は異世界から召喚された聖女だったんだ。でも、事情があって俺と行動してる」
「⋯⋯もしや、アリサ・リンドウ様ですかな!? この街が魔物の群れに襲われそうになった時、瘴気を払ってくださった聖女様では!?」
「は、はい⋯⋯。一応、それは私です」
「ははぁ。ようこそこの地へおいでくださいました。あの時は家内が妊娠中でして、気が気ではありませんでした。私たちの街をお救いくださり感謝を申し上げます」
お店の方は店内を巡って色々な物を持ってこられました。
たくさんの果物に、無塩バター、クリームチーズ、強力粉、ゼラチン、シナモン、グラニュー糖のようなお砂糖、ココア、チョコレート、バニラエッセンス、生クリームのような箱もあります。
「お代は結構です。これらを全てお持ちください」
「ええ!? しかし高価な商品もありますよね⋯⋯?」
「事情は分かりかねますが、王都を離れ勇者様と行動を共にされておられるのは、何か深い事情があるのでしょう。微力ながら私共も力になりたいのです。どうぞ、お持ち下さい」
「ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」
固くお礼を言い、ヴァルハルト様を見上げますと爽やかな笑顔で「よかったですね!」と返されました。
「持ち帰りは心配しないでください。俺はマジックポーチを持っているので、何でも入れられます。保冷保温も可能ですよ」
そう言って、ヴァルハルト様は腰のポーチを外し、ボタンを外して無塩バターを入れました。ポーチは全く膨らまず平らなままです。店のご主人も手伝ってくださり、私たちは全ての品をマジックポーチに収納しました。
何度もお礼を言って店を後にし、次は衣料品の店へ向かい、靴屋へ行き、普通の食料品店へ行き、私たちはたくさんの買い物をしました。
皆さん私のことをご存知で、値引きしてくださったり、おまけをつけてくださったりと、温かく出迎えてくださいました。
「街の人は誰よりもアリサ様の働きを知っています。どうか自信を持ってくださいね」
そうヴァルハルト様は優しい声でお話されました。




