第四十七話 建国祭へ向けて①
ヴァルハルト様は街の北側の外れに入っていかれます。そこには小さなレストランがあり、「営業中」の札がかかっていました。
「二人で食事をするのは久しぶりだな」
「ええ、そうですね。タハラの街以来です」
店内にはお客さんがおらず、案内人がさっと出てきて椅子を引きました。
「オルセン様より貸し切りの御用命を承っております」
「ええ!? では、もしかして昨日用事があると抜けられたのは⋯⋯」
「ああ。予約していたんだ。その、アリサは貴族御用達のような店より、こういった隠れ家の方が好きなんじゃないかと思って」
「ありがとうございます。とても素敵なお店です」
照れくさそうに笑うヴァルハルト様は、まるで少年のようです。
私が翌日に来ることを見越して、動いてくだっていたんですね。
私たちは案内人が持ってきたメニューに目を通し、琥珀色の食前酒をもらいました。
「乾杯!」
軽くグラスを合わせ、甘い食前酒を口にすると一気に肩の力が抜けたような気がしました。
まだ瘴気は残っています。街の人達も、おかしくなった魔物も助けなければなりません。
でももう悪意に怯え、明日の我が身を不安に思う必要はありません。ヴァルハルト様も、戻ってこられました。
「王都にいる間も、アリサたちが気がかりで気を抜くと集中が途切れそうになってた。でも、アリサはタルトの販売を王都にまで拡大してた。本当にすごいよ。いつの間にか魔王と仲良くなってたのは、少し妬けるけどな!」
「魔王陛下とは何もありません。陛下は亡くなった奥様一筋ですから」
「そっか。また魔王ともゆっくり話をしたい。戦場を離れれば、また関係も変わるかもしれない」
「私もそう思います」
オードブルの「ヒヨヒヨ鳥と香草のテリーヌ」を口にしながら、話に花を咲かせます。
なんでもないこの時間がたまらなく楽しくて、私は何度も心から笑いました。
「そう言えば、建国祭に何かしたいって言ってたな。何を考えている? 俺も出来れば手伝いたい」
「私の元いた世界には『アフタヌーティーセット』というお菓子のセットがありました。三段になっていて、一段目はサンドイッチやキッシュやパイ、二段目はスコーン、三段目はタルトやケーキが乗っています。出来れば、街の人に向けて『アフターヌーンティーパーティー』を開きたいんです。王都だけではなく、北から順々に街をめぐって⋯⋯。そうすれば、たくさんの人に食べてもらえます」
「聞いてるだけでワクワクするような計画だ! 資金は俺に任せてくれ。放浪していた時に魔物の毛皮や魔石を換金していたからかなり余裕がある」
「わ、私もタルトの販売代がありますから⋯⋯」
「頼む。俺もなんらかの形でアリサの力になりたい」
ヴァルハルト様は『女神の名において』を意味する、拳を胸に当てる仕草をしながら言いました。言わば、頭を下げるのと同じですね。
「では、共同でお金を出し合いませんか? 二人で、開催できたら嬉しいです」
「本当だ! それがいい」
元々ヴァルハルト様は明るい方ですが、なんだか今日はさらに元気な様子で私は見ているだけで幸せな気持ちになりました。
「あの、ヴァルハルト様。もう一つ勝手なお願いをしても良いでしょうか?」
「アリサのお願いなんて可愛いもんだ! なんでも聞くぞ!」
「アフタヌーティーセット専用のお皿を作っていただきたいんです。それを一つ作ったら、商業ギルドの方に職人さんを紹介していただいて、たくさん生産したいと思っています」
「三段になってるお菓子用のスタンドか⋯⋯。とても作りがいがありそうだ。ああ、ぜひ任せてくれ。出来れば安価な材料が良いよな?」
「はい。無理を言ってすみません」
「いいや、アリサと出会って気づいたんだ。俺は元々こういう手作業に向いてる。いくらでもやらせてもらうさ」
ヴァルハルト様なら、きっと素敵なティースタンドを作ってくださることでしょう。今から仕上がりが楽しみで仕方がありません。
前菜が終わり、魚料理が終わり、口直しのシャーベットが来たところで、ヴァルハルト様が不意に真面目な口調で切り出します。
「アリサ⋯⋯。実は俺からも一つだけお願いがあるんだが⋯⋯」
「どうしました?」
「二人だけの時で良いんだ。その⋯⋯少し、砕けた口調で話してみないか?」
「ええっと、ごめんなさい。聖女の訓練で身についてしまった話し方が取れなくて⋯⋯」
「聖女だと思わなくて良い。せめて、俺といる時は——一人の女性に戻ってほしい」
「あの⋯⋯こう? で良い?」
その時のヴァルハルト様の嬉しそうな笑顔は、一生忘れられそうにありません。
厳しい訓練で丁寧な言葉遣いが染み付いていましたが⋯⋯。私は、もう「王国の聖女」ではない。その事実を思い出させてもらいました。
「一緒にいられる時間はそんなに長くなかっただろ? だから、アリサのことをもっと知りたいんだ。元の世界のことも、こちらへ来てからのことも」
「私も、その⋯⋯ヴァルハルトのことを知れたら、と思うの」
一度口にしてみて、私は自然と敬称を取ったことに驚きました。でも、それは当たり前のように口に馴染みました。
「いくらでも話すさ。だってこれから時間はたっぷりある。俺はいつだってアリサのそばにいる」
まるで騎士のような言葉に、私は自分で頬が赤くなるのを感じました。
「さあ、食べよう。まずはアリサの本名を聞きたい」
話題は尽きず、デザートを待つ頃には私も大分新しい話し方に慣れていました。
もっと普通に、話したいように話しても良い。その事実は、思っていた以上に私の心を解きほぐしてくれました。
ヴァルハルトと話している今この時は、「聖女アリサ」ではなく、「凛堂 愛理沙」に戻れたような気がしたのです。




