第四十一話 帰還⑤
それから数日、たまに差し入れられる必要最低限のパンと水、それからエステルたち以外にこの牢へ立ち入る者はいませんでした。
私は深夜に交わすエステル、シュクレとの会話に励まされ、ヴァルハルト様の身を案じながら一日一日を過ごしました。
そして三日目。
深夜の来訪を心待ちにしていますと、エステルが憔悴しきった様子で鉄格子を外して顔を覗かせました。
「アリサ⋯⋯。ヴァルハルトがレスティ様に『結婚しないとアリサに危害を加える』って脅されたみたいで⋯⋯。ヴァルハルトが魔王と和解しようとしたのも、アリサを庇ったのも、全部アリサのせいだってことにして婚約しようとしてる」
「⋯⋯そんな顔をしないでください。大丈夫です。ヴァルハルト様には何か考えがあるのでしょう。魔王陛下と何か話をされたのですよね?」
「うん。それは確かだよ」
「エステルのお父様を待ちましょう。きっと、なんとかなります」
そう言いつつも、私は服の裾を握りしめていました。レスティはまだヴァルハルト様を諦めていなかったようです。どこまでも執念深く、恐ろしい女性です。
けれど、ヴァルハルト様が起死回生の一手を打ってくださることを私は信じていました。
五日目、誰も来訪者のなかった牢屋に初めて人が来ました。それは、公国へ外交に行っていたはずの第一王子殿下でした。
「アリサ。落ちるところまで落ちたな。追放された腹いせに瘴気を満たし、魔物を凶暴化させ、勇者まで乱心させた。温情で命までは奪わなかったが、恩を仇で返すとは」
「何と言われても私には私の正義があります。私はそもそもレスティ様に毒を盛っていません。私は竜の加護を得ています。三つ目の巨人や魔物を浄化したのも私です」
「はっ、何を戯言を。良いか、最大級の罰として、お前にはノーザンド帝国の闇魔法の実験体になってもらう。公国との縁故を結ぶ代わりに、向こうは手頃な生贄を所望だ。元聖女なら、さぞ良い実験体になるだろう。お前には二度とこの地を踏ません」
私はもう泣きもわめきもせず、真っ直ぐ殿下の瞳を見つめました。今度は殿下がたじろぎ、後じさりします。
「よく調べもせず無実の者を陥れた報いは必ず訪れます、殿下」
「ほざけ! 私とアラリア公国の王女の婚姻式、聖女と勇者の婚約式、そしてお前がノーザンド帝国へ移送される日は二日後の同日だ。せいぜい、国民の祝福の影で絶望に打ちひしがれるが良い」
殿下は足早に去っていかれます。公国の王女と婚姻する代わりに、自国の民を生贄に差し出すとはなんと愚かなのでしょう。
一度前例を作ってしまえば、今後なし崩し的に人を求められる可能性もあります。
「このままでは国そのものが危ういです⋯⋯。なんとかしなければ⋯⋯」
私は考えますが、抑留されている身では身動きが取れません。そうこうしているうちに、またいつもの夜がやって来ました。
「アリサ!!」
エステルがひょっこりと顔を覗かせ、そしてすぐに何かを落としてきました。
「これは⋯⋯!!」
私は落ちてきたものを握りしめて、歓声をあげそうになるのをこらえました。それは奪われた銀竜のペンダントでした。
「レスティがアリサの分を奪って、ヴァルハルトのところへ転移で勝手に出入りしてたんだって。で、ヴァルハルトが口八丁で外させてシュクレが作った偽物とすり替えたの」
「さすがです⋯⋯! 気づかれていないんですか?」
「夜遅かったからね。明日の朝にはばれるかも。でも今晩はヴァルハルトと会えるよ。脱出は父様が戻ってくるまでもう少しだけ待っててね」
「ありがとうございます⋯⋯!」
私はペンダントを覗き込みました。
——ヒュン!
音がして、ヴァルハルト様が目の前に現れます。
エステルはにま〜っと笑い、「じゃあ、ごゆっくり〜」と鉄格子から離れていきました。




