第三十八話 帰還②
タルトの屋台へ向かいますと、エステル、シュクレ、人間に変装した魔王が立っています。
しかしなぜでしょう。エステルとシュクレの元気がなく、魔王にも少し疲れが見られます。
「エステル! シュクレ! 陛下!」
私が呼びかけながら近寄っていきますと、エステルはパッと顔を輝かせて走ってきました。
「アリサ〜〜〜!! お帰りなさい〜〜〜!!」
「チュウ〜〜〜!!!!」
魔王はふっと笑ってその場に留まっています。私が走ってきたエステルとシュクレを抱き寄せますと、エステルは珍しく涙目になりながら訴えました。
「あのね、あのね⋯⋯! 変なウワサを流されてタルトが売れなくなってきたの⋯⋯!」
「どんなウワサですか?」
「元聖女は、レスティ様の飲み物に毒を盛ったため婚約破棄された。そんな人物のお菓子に何が入っているか分からない。、実際に、レスティ様のメイドがタルトを買って具合が悪くなったって」
「そうですか⋯⋯。辛い思いをさせてごめんなさい。エステル、シュクレ、十日間よく頑張ってくれましたね」
「私はいいの⋯⋯! ただアリサのお菓子が⋯⋯アリサの大切なお菓子が貶められたのが悔しくて⋯⋯!!」
胸元でわんわん泣き出したエステルの頭を撫でていると、魔王が「そんなウワサなど気にしない者もいる。実際売り上げは落ちたがゼロではない」と冷静に分析します。
ヴァルハルト様が魅了にかからず、レスティ様に関心を示さないのでこちらに嫌がらせをしてきたのでしょうか。
私はともかく、エステルをここまで泣かせたのは許せません。私は心の内に初めて怒りが沸き起こってくるのを感じました。
それはふつふつと胸の内から湧き上がり、段々と身体中を侵食していくようです。
「アリサ⋯⋯?」
しかしエステルに話しかけられ、私はふっと意識を取り戻しました。
マジックポーチの中の結晶を抱きしめると、身体の怒りが芯からほどけていくような気がします。
「すみません。驚かせてしまいましたね」
「ううん。アリサも怒ることがあるんだね」
「アリサ」
魔王が真剣な表情で近寄ってきて、私の持つ竜の結晶を見下ろしました。
「その結晶を手放すな」
「は、はい。なぜですか?」
「今、ほんのわずかにアリサの身体から黒い靄が出ていた」
「え⋯⋯!?」
私は愕然として自分の身体を見下ろしました。
「おそらく相手の狙いは聖女の力の喪失だ。怒りに我を忘れ、憎しみに心を支配されれば、浄化の能力は衰える。竜の結晶はアリサ自身も守る。決して手放してはならん」
「だから、次々に嫌がらせをしてくるのですね⋯⋯。陛下、感謝を申し上げます」
「気にするな。聖女も人間だ。万能ではない」
なんだか魔王も人間のような気がしてきましたが、失礼になるのでやめておきました。
私はこちらの⋯⋯愛のあふれるこの世界へ引き戻してくれたエステルの髪を結び直し、大きな紫の瞳に再びたまっていた涙をぬぐいました。
エステルはもう泣いていません。私は竜王にもらった結晶を使い、自分自身やエステル、シュクレと魔王を浄化しました。
「なんだかあったかい⋯⋯」
「これがアリサの新たな浄化の力か。これなら、レスティの魔法とも渡り合えるだろう」
二人とシュクレを目に焼き付け、私はペンダントを覗き込みます。
そこでは、ヴァルハルト様が赤い三つ目の巨人と戦っていました。横ではレスティが祈りを捧げています。
「すみません。行ってきます」
「行ってらっしゃい! 帰ってきたらまたタルト屋さんをしようね! みんなで、一緒に」
「はい! みんなで!!」
私は、銀竜のペンダント様をにぎりしめ、ヴァルハルト様を思い浮かべました。




