第三十二話 王都④
「アリサ! エステル! シュクレ!」
ヴァルハルト様はよほど急いできたのか、息を切らせながら屋台に飛び込んでこられました。
「王都にタルト専門の屋台が出来たと聞いて、もしやと思ったが⋯⋯。すごいな、アリサ!」
私の両手を取って心底嬉しそうにぶんぶんと振ります。その明るく爽やかな笑顔に、私はヴァルハルト様が何一つ変わっておられないことを悟りました。
「すまなかった⋯⋯。レスティにペンダントを壊され、連絡できなくなっていた」
「壊された!? 何それひどい!!」
「珍しいから見せてほしいと懇願され、断り切れなかった。渡した瞬間、メイドがぶつかってきて割れてしまったんだ。でも俺はレスティが仕組んだと思っている」
ヴァルハルト様は魔王の方も見て、右手を左肩に当て、謝意を表す仕草をしました。前の世界で言うお辞儀と同じ意味です。
「アリサを守ってもらって感謝する。また、先日は悪かった。和解の可能性を探らず、ただ闇雲に攻撃した」
「構わん。その代わり、再度私と戦え。次は負けん」
「受けて立とう。ただ、命のやり取りは無しにしてくれ。皆を悲しませる」
「⋯⋯」
魔王は逡巡しましたが、エステルを見てかすかに頷きました。
「アリサ」
ヴァルハルト様は私の頬に手を当て、辛そうに微笑みました。
「あらぬウワサを流されているが、俺の帰るべき場所は一つだ。レスティのそばじゃない」
「⋯⋯はい」
私はヴァルハルト様の手に自分の手を重ねて、茜色の瞳と見つめ合いました。
「王都の西側にサイクロプスの群れが現れた。皆一様にあらぬ方を向き、よだれを垂らして知性を失ったように徘徊している。レスティが浄化し、騎士団の傷を癒しているが、どうもアリサの浄化と異なっている。治癒を受けて起き上がった者が過度にレスティを褒め称え、それ以外は人形のように無口だ。奇怪としか言いようがない。俺は、どうにかレスティの正体を突き止めたい。すまないが、もう少し待っていてくれるか?」
「ご安心ください。元より覚悟はできています。それと——」
私は魔王に教えられた人為的な瘴気の件を伝えました。
おそらくレスティが操っていることも。そして、瘴気の影響を受けた傷は、竜の加護で治癒できる可能性があることも。
「私が、竜の巣へ行って力を貸してもらえるよう頼んできます。大丈夫です。私にはタルトがあります。竜が気に入ってくれるような特別なタルトを作ります」
「私もついていきたいけれど⋯⋯。竜は昔魔族と色々あって、近寄らないほうがいいの」
「ええ、陛下から聞きました。エステルとシュクレはお店をお願いします。冷凍保存の効くタルトを作っておきますから」
「私も手伝おう」
「へ、陛下が人間に接客してくださるんですか!?」
「魔王がタルトを売って何が悪い」
ついに開き直ってしまった魔王に、ヴァルハルト様が吹き出しそうになるのを必死にこらえています。それから私たちの方へ向き直って言いました。
「アリサが戻るまで王都を守る。すまない、一人で行かせて」
「良いんです。気になさらないでください」
「あ! ねえねえ、ヴァルハルト!!」
エステルは自分のペンダントを外しました。そしてヴァルハルトに手渡します。
「レスティにバレないように、このペンダントをつけておいて! そうしたら、アリサが困ったときに助けられるし、アリサもヴァルハルトのところへ行けるよ!」
「⋯⋯ありがとう! 助かるよ、エステル」
「ふふん。私の娘は大層優秀だからな」
「はは、間違いないが、俺は魔王がこんなにデレデレしているのを初めて見たぞ!」
「ちょっと父様。やめてよ〜」
「む。エステル、逃げるな。抱っこさせてくれ」
「父様、今人間の格好をしてるから落ち着かないの〜」
シュクレの後ろに隠れてしまったエステルに向かって、魔王は両腕を思いきり伸ばしています。
ヴァルハルト様は「いつの間にかすっかり溶け込んでるな」と朗らかに笑いました。
「すまない。休憩の合間に抜けてきた。⋯⋯アリサ、くれぐれも気をつけて。無茶だけはしないでくれ」
ヴァルハルト様はさりげなく私を抱き寄せ、頬に口付けされました。
私も下手ながら反対側に返しますと、ぱっとその箇所に手を当てて、「もう俺は顔を洗えないな!」と冗談とも本気とも取れるような口調で呟きます。そして、そのまま颯爽と去っていかれました。
「やっぱりアリサとヴァルハルトはこうじゃなくっちゃ!」とエステルが手を叩き、私ははにかみながらも高鳴る心を抑えられませんでした。




