第三十一話 王都③
「失礼しますね」
私は少女のそばに寄り、頭から足の先まで少しずつ手のひらをかざしていきました。
癒しの力が少女を包みます。
「それと、これを食べてください」
私は持ってきたタルトの切れ端をほんの少し食べさせ、水を飲ませました。少女の身体が輝き、ふっと黒い靄が散っていきます。
残念ながら完全には良くなりませんでしたが、少女の顔色はかなり良くなりました。私は隣の魔王に小声で話しかけます。
「陛下。この黒い靄はやはり⋯⋯」
「ああ。間違いない。人為的な瘴気だ」
「これはどうやったら払えるのでしょうか。私の力でも難しいです」
「アリサは銀竜の加護を受けているな? では、竜の力を借りれば、あるいは払えるかもしれん。竜の力は何物にも勝る。ただ⋯⋯」
珍しく、魔王は言い淀みました。
「私は竜に嫌われている。昔、魔界へ竜の第三王子が攻め込み、戦争になりかけた。エステルが身体を張って止めてくれたが、以来お互いの居住地へは近寄らないようにしている」
「わかりました。でしたら、私一人で行ってきます」
「しかし⋯⋯」
「大丈夫です。私には銀竜の鱗がありますから。危険があれば、すぐエステルのところへ戻ってきます」
にっこりして、後ろを振り返りじっと待っていたアンデスと女性に声かけると、二人は大喜びで少女に駆け寄ってきました。
「兄さん。なんだかとっても身体が軽いの。それにお腹もすいてきちゃった」
「ま、マリン。お前、正気に戻ったのか? また『レスティ様こそ王家に! レスティ様万歳!』とか言わないか?」
「⋯⋯何の話? 兄さん大丈夫? 今、治してくださったのはアリサ様よ。レスティ様じゃないわ」
「⋯⋯! よかった〜! よかったなぁマリン!」
お兄さんはしがみついて泣いています。そんなに様子がおかしかったのですね。人為的な瘴気に汚染された魔物に噛まれると、人格まで変わってしまう。これは恐ろしい事態です。
ただ、その前にマリンと呼ばれた少女のお腹が「クゥ」と小さく鳴りました。
「迷惑でなければ、お昼ご飯を持ってきましょうか。キッシュは食べられますか?」
「えぇ!? 良いんすか!?」
「少し待っていてくださいね」
私はエステル、シュクレの元に戻り、一度エステルにマジックハウスへ戻ってもらいました。そして、私もエステルに呼んでもらい、冷蔵庫に冷やしてあったキッシュを取り出します。
ジャガイモと、ベーコンとキノコとパイ生地のキッシュをさっくりと焼き直し、アンデスのところへ持っていくと彼はまず妹さんに食べさせました。食べたことで、妹さんは又少し身体が楽になったようでした。
「美味しい⋯⋯! こんなに美味しく、元気の出るキッシュは初めて食べました! やっぱり⋯⋯私は誰でも平等に治してくださるアリサ様の方が好きです⋯⋯」
「まだ完全には治っていないんです。私はこれから、妹さんを治すための材料を取ってきます。申し訳ないですが、もう少しだけ待っていてください」
「本当にありがとうございました! もう二度と笑顔のマリンには会えないかと思ってました」
「また来ます。病み上がりですし、無理はされないでくださいね」
私は笑って外へ出ました。
そうして、屋台に戻り、エステルとシュクレに事情を説明し、ついでに魔王様と二人の分のキッシュを渡します。そのまま販売を代わり、屋台の外へ立った途端思いがけない人を見かけました。
長らく音信不通だったヴァルハルト様が、ひどく焦った様子で屋台へ走ってくるところでした。




