第三話 勇者
家の中はまるで城の一室のように広く、品のいい調度品まで置かれています。ヴァルハルト様は広い円卓の椅子をすすめ、ご自身は部屋のさらに奥へ入っていきました。
そして、数分で「今はこれだけしかありませんが」と温かい飲み物を持って来られます。ハーブティーのような心地よい香りがしました。
「ありがとうございます。素敵なお家ですね」
「遥か遠方の異国の商人から買ったんですよ。非常に便利です」
ハーブティーをいただくと、ささくれだった気持ちが徐々に安らいでいきました。
「さて、俺の話でしたね。俺は魔王を追い求めてこの辺境の地にたどり着き、魔王と直接渡り合いました。しかし戦闘に勝利し、重傷は負わせたものの、後一歩のところで魔界へ逃げられてしまいました」
「え⋯⋯!?」
「よって、未だ瘴気は発生し続けています。また、もう一つ懸念事項があります」
ヴァルハルト様はカップを置いて、微かなため息をもらしました。
「魔王に、子どもがいます」
ヴァルハルト様は深く思い悩むような声で続けます。
「魔王と対峙した際、泣きながら逃げていく後ろ姿を見ました。実年齢は不明ですが、外見は八歳ほどの少女にしか見えませんでした。いずれは彼女も⋯⋯手にかけなければなりません」
世界に瘴気が満ち、魔物の発生源となっているのは、魔王が邪悪な気を発し、世界を牛耳ろうとしているため。
そう私は教わってきましたし、この世界の方は皆そう信じています。
とするなら、魔王の後継者たる子どもも討たなければ、世界は救われません。
「俺は勇者です。人々を救うのが俺の使命です。ただやはり、子どもを殺めるのは気がすすみません。それもあって、この辺境の地で魔王の子を探しながら、放浪しています。すみません。勇者失格ですね」
「いいえ。ヴァルハルト様は優しい方ですね。お話からひしひしと伝わってきました」
「はは。そんなことを言われたのは初めてです」
照れたように笑いながらも、ヴァルハルト様の表情には少し陰があります。憎むべき魔王にも家族がいて、愛する者がいる。聖女である私でさえ、その事実に胸が痛みます。
「今度は、アリサ様のお話を聞かせていただけますか? 王太子がなぜご立腹されたのかを」
私がかいつまんで要点だけお話しますと、ヴァルハルト様は「⋯⋯想像以上にひどい話ですね」と天を仰ぎながらつぶやきました。
「毒ですら浄化するのが聖女の力のはず。一服盛るはずもないのは、明らかでしょうに」
「きっと、私が前の世界の話をしすぎてしまったのです」
「お菓子の話ですか?」
「ええ⋯⋯。前の世界には、『タルト』という焼き菓子があり、私はそれを作るのが大好きでした。レスティ様にも一口召し上がっていただければと、そう話したのが自慢にとられてしまったのかもしれません」
「それを自慢ととらえる感性が信じられません。俺はぜひ食べてみたいですけどね。材料は何が必要です?」
「小麦粉、バター、卵、砂糖、牛乳⋯⋯。型さえ作れば、中に入れるものは何でもいいです。チーズを使ってベイクドチーズタルトにしても美味しいです」
「専用の道具は必要ですか?」
「タルト型があれば⋯⋯。でも、無くても成形できます。後は、ボールやドレッジ、ふるいなどが必要です」
ヴァルハルト様は少し立ち上がり、別の部屋から紙と羽ペンを持ってこられました。
「俺はある程度なら魔道具を作れます。素材を取ってこなければならないためお待たせしてしまいますが、よかったらここに描いてもらえませんか? 出来る限り作ってみます」
「ええ!? でも、そんな⋯⋯」
「アリサ様の『タルト』を食べてみたいだけです。お願いします」
目をキラキラしながら言われて、私はためらいながらも必要な道具の絵を描きました。
泡立て器を描くのが難しく、不格好になってしまいましたが、ヴァルハルト様はなんとなく理解してくださったようでした。
「西側に湯浴みの部屋があります。フレイムスライムの魔石とバブルジェリーの魔石でシャワーを作ったんですよ。自由に使ってください。個室は後でご案内しますね」
「部屋⋯⋯ですか? さすがにそれは⋯⋯。私の小屋がありますし」
「あの小屋では雨風をしのげません。夜中に目が覚めてしまいますよ。荷物も全てこちらに移しましょう」
「何から何まですみません」
「良いんです。俺も長い間一人で旅をしていたので、話し相手になってもらえると助かります」
「こちらこそ。本当に、感謝します」
ヴァルハルト様は日々魔物と渡り合っている苦労を全く滲ませない、明朗で快活な方です。
私は一度失礼して、自分の小屋から荷物を持ってきました。ヴァルハルト様は逃げた魔王の子を探しつつ、素材をとってくると言って外出されました。
私はヴァルハルト様が戻るまでに可能な限り浄化をしておきました。いずれ瘴気は満ちてくるでしょうが、何もしないよりは良いでしょう。
そうして、マジックハウスの中でシャワーを使い、簡素な服に着替えさせてもらいました。
台所を自由に使っていいとのことだったので、今は夕食の支度をして待っています。
台所には前の世界の冷蔵庫と冷凍庫のような物も備え付けられていて、たくさんの食品が詰め込まれていました。中には前の世界でしか見かけないような、珍しいものも入っています。近くには、オーブンに近いものまで備え付けられています。
さっそく小麦粉と牛乳、冷蔵庫の肉や野菜を使って温かなシチューを作り、バケットにバターを塗ってあぶっていますと、ヴァルハルト様が戻ってこられました。




