第二十八話 予感
次の日、私はエステルと二人で近くの街へ行き、商業ギルドへ赴きました。ギルドの担当者の方は、王都でのタルトの販売を前向きに考えてくださるそうです。また審査があるそうなので、私は販売用のタルトを渡しておきました。
「王都にもタルト専門店はありません。どうです、ここは一つ店舗を出してみませんか」
「せっかくですが、この街でも商いをしたいので遠慮させていただきます」
「人は雇わなくていいですか? 人材を斡旋することも可能ですよ?」
「しばらくは、私たちだけで販売します」
もっと効率よく大規模に販売することも出来なくはないでしょうが、今は王都の動きを探るのが最優先です。
私とエステルはギルドの仮受付を終えると、シュクレのお土産にチーズを選びに行きました。
「あれ、父様?」
チーズを買って外に出ると、フードで変装した魔王が佇んでいます。エステルがかけていき、思いきり抱きつきました。魔王はフードのままエステルを抱き上げ、私に何かを渡してきました。
それは五枚ほどの羊皮紙で、隙間なくビッシリとこの国の文字が書き込まれています。
「レスティ・ ナサに関する調査結果だ。変化の得意な部下に調べさせた」
「わー! 父様すご〜い!!」
「感謝します、陛下。その、なぜここまでしてくださるのですか⋯⋯?」
「あの女のせいで、タルトの味が落ちては困る。王都の件が片付かぬ限り勇者との再戦も叶わない」
「もしやヴァルハルト様も異変に気がついて——」
「そのようだ。証拠を探しているのだろう。手助けする気はないがな」
「そう言いつつ、調べてくださってますよね?」
「アリサのためだ。勇者は知らん」
どこまでも素直ではないですね。
「あのね、父様。アリサと王都に屋台を出して、状況を調べようと思ってるの。アリサが外へ出る時、護衛をしてくれない? 前みたいに絡まれても困るし、私は一人で対処できるから大丈夫だよ!」
「エステルは逆に消し炭にしそうで不安が残るがな。承知した。私も同行しよう。変化の得意な者に、私とエステルの外見をどうにか出来ないか聞いておく」
エステルにも魔王様にもこれだけ助けてもらって、私はなんとお礼を言っていいか分からないほどでした。
私は店に戻ってショコラタルトとモカのタルトを包み、魔王様に渡しました。魔王様はあまり感情を表に出しませんでしたが、全て受け取ってくださいました。
「引き継ぎをせねばならん。二十日後にまたこの街で待っている」
一言付け加えて、影のようにひっそりと去っていったのです。
そして、ギルドへ戻ると、王都の出店のための許可が正式に降りていました。ただ、王都は人の往来が多い分すぐに売り切れる可能性が高いそうです。
ガトーショコラタルト、ベイクドチーズタルト、リンツァー・ トルテ、タルト・オ・フロマージュ・モカ、タルトタタン。
今、加熱したタルトは五種類ありますが、出来ればもう少し考えたいと思い、私はエステルとシュクレに相談しました。
そうして、わいわいと賑やかに話し合いながら夕食の支度を終え、皆で湯浴みをし、やっと魔王様からのレポートに目を通せるようになった時。
私はレスティ様の思わぬ出自を知ってしまいました。
レスティ様はナサ男爵家の長女であり、母方の曾祖母はノーザンド帝国から嫁いでいました。ひいおばあ様はノーザンド帝国の男爵家の次女だったようです。
すでに亡くなっていますが、魔法の才能があったらしいと書かれていました。その魔法の才が何であったかまでは描かれていませんが⋯⋯。一つ、懸念事項があります。
ノーザンド帝国では、人の心を操り従わせる闇魔法を得意とする者が定期的に現れています。
内乱を誘発させ、混乱に乗じて無理やり攻め込む。他国の王家を操って宣戦布告させ、戦争の果てに領土を奪取。
基本的に、あまり良いウワサは聞きません。レヴェルナ王国が聖女を召喚しているのは、このノーザンド帝国の闇魔法に対抗する目的もあったのです。
あまりに強力なものは別にして、ほとんどの闇魔法は浄化で払えるはずでしたから。
「もし⋯⋯レスティ様に闇魔法の心得があるのなら⋯⋯」
「人為的な瘴気」を発生させる魔法も取得しているのかもしれません。
私はこの事実をヴァルハルト様に伝えたいと思いました。しかし銀竜の鱗は何の反応もありません。相変わらず、ちらちらと美しく瞬いているのみです。
ヴァルハルト様は今どこで何をされているのか⋯⋯。
不安を覆い隠すようにして私は眠りにつきました。




