第二十六話 タルトタタン②
「アリサ—!!!!」
「ヂュウ〜〜〜!!!!」
エステルとシュクレが大慌てで家に駆け込んできました。
「どうしたの!? ほら、二人とも汗を拭いて」
タオルを持ってきて拭きますと、二人はゼィゼィ言いながら途切れ途切れに訴えました。
「王太子殿下がレスティ様との婚約を白紙に戻して、別の人と婚約したんだって!」
「え⋯⋯?」
私との婚約を破棄し、再度婚約をしたのにそれもまた白紙に戻した、ということでしょうか。
「で! レスティ様がヴァルハルトと恋仲になってるってウワサが流れてるの!!!!」
私は持っていたリンゴを取り落としそうになりました。王太子殿下がレスティ様との婚約を取りやめられた。そこまでは分かります。
王太子殿下はあまり外交に関心がなさそうなので、何も考えずまた綺麗な方に出会ってしまったのかもしれません。
でもなぜそこでヴァルハルト様の名前が出てくるのでしょう。私はレスティ様の去り際の冷笑を思い浮かべました。
人の手で作られた瘴気の件もあります。突然の婚約白紙とヴァルハルト様とのウワサに、レスティ様が関係しているような気がしてなりませんでした。
「ヴァルハルトが王都へ凱旋する少し前から、急に様子のおかしな魔物が増えて、騎士団の手にも負えなくなってきているの。ヴァルハルトは討伐の手助けをしているらしいわ。同時に、レスティ様も浄化に当たっていて、行動を共にする機会が多いんだって!」
まさかとは思いますが⋯⋯。ヴァルハルト様を引き止めるため、あえて瘴気を発生させているのだとすれば⋯⋯。
騎士団が疲弊するばかりで、いつまでも魔物は発生し続けるでしょう。
「殿下のお相手のご令嬢はどのような方ですか?」
「レスティ様のご友人の、アラリア公国の第三王女様よ」
アラリア公国は、レヴェルナ王国の南方にある小さな島国です。コーヒー豆の産地として有名であり、希少価値の高いスパイスなども輸入されているはずです。
レヴェルナとしては、アラリア公国そのものよりも、その背後にいるノーザンド帝国の方が脅威かもしれません。アラリア公国はノーザンド帝国の友好国です。
レヴェルナとアラリアが新たに縁戚関係を結ぶとなれば、ノーザンド帝国は決して良くは思わないでしょう。
「あまりに軽率すぎるような⋯⋯。国王陛下はどうお考えなのでしょうか⋯⋯」
「国王陛下は今お病気みたいよ。だから、今は王太子殿下が国政を取り仕切っているの。もっとも、王太子殿下はアラリア公国との外交に忙しいから、第二王子殿下が政務を行っているらしいわ」
私はめまいを起こしたくなるような思いで、エステルの話を聞いていました。何かの間違いであってほしいと願いながらも、ヴァルハルト様とは長い間連絡が取れていません。
「アリサ、大丈夫? とっても顔色が悪いよ?」
「すみません。衝撃が大きかったものですから⋯⋯」
「その⋯⋯ごめんね? 実はまだ続きがあるんだ」
「何ですか?」
エステルは私に椅子をすすめ、自分とシュクレも腰掛けました。
「あのね、街のタルトの評判が王都にまで届いて、王太子殿下と王女様の婚姻の席、そして勇者と聖女の婚姻の席で出されるんじゃないかって言われてるの」
私は反射的に銀竜のペンダントを握りしめました。
私がタルトを作るのは⋯⋯。隣りで、ヴァルハルト様に笑っていただきたかったためです。美味しいと、目を細めてめし上がっていただきたかったためです。
レスティ様と手を取り合うヴァルハルト様の幻影が浮かび、私は呆然とリンゴを見つめていました。




