第二十二話 タルト・オ・フロマージュ・モカ①
ヴァルハルト様が旅立った数日後、ワイバーンのフレイヤはマジックポーチをぶら下げて一頭で戻ってきました。
ヴァルハルト様が王都からこちらへ来る際は、あの笛を吹いて呼ばれるのでしょう。きっと私が街へ出るため帰してくださったに違いありません。
心遣いと思いやりに感謝しながら、私はフレイヤにご飯とお菓子とお水をあげ、マジックポーチを受け取りました。
私はエステル、シュクレとタルトを作りながら、魔王が来訪した時に備えてタルト・オ・フロマージュ・モカの試作品を作り続けました。
このタルトはコーヒーパウダーとヨーグルト、クリームチーズのバランスが大切です。ほんのり苦みをきかせて、甘味を引き立たせ、飾り付けにコーヒーパウダーとキャラメルで炒めたナッツを使いました。
「後はコーヒーですね。ヴァルハルト様が残していってくださったコーヒーミルを使ってみましょう」
コーヒーミルにコーヒー豆を入れてセットし、魔石をカチリと押すと豆はあっという間に粉になりました。
「父様が飲んでる飲み物の香りと似てる〜」
「さあ、カップにネルドリップフィルターをかけて、この粉を入れてみましょう」
ネルドリップフィルターは、毛織物で作られた布のフィルターです。前の世界にあったような紙のフィルター程安定しませんが、少しずつお湯を注げば美味しいコーヒーを入れられます。
「さあ、入りました。飲んでみましょう。エステルはミルクとお砂糖を入れて飲んでみますか?」
「うん! 美味しそう!」
「シュクレはどうします?」
「チュウ!」
結局三人でコーヒーとカフェオレを飲み、タルトを食べました。何度か作って配分を調整しただけあって、上手くバランスが取れています。苦くほのかに酸味のあるコーヒーとの相性も抜群です。
「美味しい〜! このキャラメルナッツが香ばしくていくらでも食べられそう」
「チュウ〜」
「これなら、お父様にも食べてもらえますね。せっかくですから、お店でも出してみましょうか」
「さんせーい!! 大人の味だから人気が出ると思う」
プチタルトをいくつか作り、私はエステルと一緒にワイバーンのフレイヤへ乗りました。シュクレは留守番をしてくれるそうです。
フレイヤに小一時間ほど乗り、私たちは草原へ降りました。浄化の力を使うと、辺りから魔物の気配が消えます。しかしエステルは周囲を警戒しながら、私を守るように歩いてくれました。
「ちょっと待って!」
エステルが足を止めました。遠くから唸り声と共に何かが走ってきます。
バチェットウルフ。
黒と茶色と白の毛を持つ巨大な狼です。狼が三頭、浄化の魔法など蹴散らすように、一直線でこちらに駆けてきます。
おそらく何度か遭遇した浄化の効かない魔物でしょう。
魔物は黒い靄をまとい、牙を剥きながらよだれを撒き散らしています。その瞳はまるで狂者のようにあらぬ方を向いていました。
「アリサに! 手出しは! させないんだから——!!!!」
エステルが手のひらを空へ掲げると、瞬時に黒雲が立ち込めました。
——バリバリバリバリ!!
雷鳴が轟き、稲妻が狼たちに直撃します。骨の砕ける音と、肉の焼ける音が辺りに立ち込め、狼はグギャァァァ⋯⋯と一声鳴いて消し炭になりました。
「すごいです⋯⋯! エステルの強さを初めて見せてもらいました⋯⋯! ありがとうございます」
「父様の付き合いで竜と戦ったこともあるから、これくらいなんてことないわ」
エステルはパンパンと手を払いながら、余裕の笑みを浮かべます。
こんなに小さくとも魔王の子ども。
この子が私たちの味方になってくれてよかったと、私は心底安堵しました。
そうして、二人でなんとか街にたどり着き、屋台の準備をしてタルト・オ・フロマージュ・モカを店頭に並べた時。
いつか来たあのフードのお客さんがもう一度来店されたのです。




