第二十話 来訪
日々が過ぎ去り、最初の一報を受けてから三十五日が過ぎた頃、私たちは王太子殿下とレスティ様の来訪に備えて街へは行かずマジックハウスに残っていました。
そして、ある日の早朝、ワイバーンのフレイヤで見回りをしていたヴァルハルト様が大急ぎで引き返してこられたのです。
「馬車が来た。出迎えの準備をしよう」
私はあえて地味な服装に着替え、エステルとシュクレはマジックハウスに残ってもらいました。外へ出ると、王家の紋章をつけた豪華な早馬車が二台走ってきます。
馬車はマジックハウスの手前で止まり、中から護衛に守られた王太子殿下と、お付きの人に手を引かれたレスティ様が降りてこられました。
「勇者ヴァルハルト。出迎えに感謝する」
殿下は若干痩せられたでしょうか。私を視界に入れると、驚いたように目を見開かれました。その後は視線をそらし、天色の短髪をなびかせ、青い瞳でヴァルハルト様を見つめています。
レスティ様は黙って殿下の後に付き従っていますが、私の姿を見て不愉快そうに眉尻を上げられました。
おそらくヴァルハルト様が送った早文とは入れ違いになっているはず。殿下とレスティ様は私がこの地で浄化を行っていることをご存知ないでしょう。
「私の婚約者、レスティには聖女の力が宿っている。そのため、瘴気に満ちたこの地を浄化しに来た」
「お言葉ですが王太子殿下。異世界より召喚された聖女アリサ様がすでにこの地を浄化されました」
気の所為でしょうか。レスティ様の表情がほんの少し歪みました。
「妬みで毒を盛る者の浄化など信用ならないな」
「実際にこの地をご覧になってからおっしゃってください。魔物は浄化され大人しくなり、凶悪な魔物は私が全て討伐いたしました」
「そなたらは、共に行動しているのか⋯⋯?」
「私は魔王と戦い、後一歩のところで魔界に逃げられました。そのためこの地で魔王の再来を警戒していたのです。そこへアリサ様がいらっしゃったため、浄化の護衛をしていました」
ヴァルハルト様の力強い言葉に、王太子殿下の顔色がどんどん優れなくなっていきました。
「王太子殿下はアリサ様との婚約を破棄をされ、追放されました。でしたら、アリサ様がどこで何をしようと無関係のはずです。ですが、この地を観覧されるなら私たちがご案内しましょう。この地にもう危険はありませんから」
レスティ様は黙ったままですが、その頬にはほんの少しの赤みがさし、明らかに苛立っているご様子です。
王太子殿下は動揺を隠すようにコホン、と一つ咳払いをし、「ではこの地を見回らせてもらおう」と踵を返しました。
ヴァルハルト様はそっと私の背に大きな手のひらを当てました。
森には馬車が入れないため、徒歩でこの地を見回ることになりました。全員の支度が整いますと、王太子殿下が先頭に立ち、ヴァルハルト様、私、レスティ様が後に続きます。護衛の方も一緒に来られました。
レスティ様は先程の表情が無かったかのように、親しげに私に話しかけてこられました。
「この地の生活はいかがですか?」
「お陰様で、ヴァルハルト様にご支援いただき、過不足無く生活できています」
「アリサ様は人縁に恵まれていますわね。ヴァルハルト様のような素敵な殿方に守っていただけるなんて」
なんと応対していいのか分からず、私は失礼のない程度に微笑んで回答を避けました。
その後もレスティ様は王太子殿下もいらっしゃるのにヴァルハルト様を褒め続け、森の奥へ到着する頃、殿下の顔色は目に見えて悪くなっていました。
「確かに魔物の痕跡は見当たらない。すれ違う生き物も大人しいものばかりだ」
「アリサ様の聖女のお力は素晴らしいですわ」
「この地がこれほど平和になったなら、ヴァルハルトは王都へ凱旋したらどうだ。国を救った英雄として、歓待する用意がある」
「浄化を行ったのはアリサ様です。また私は魔王の再来を待つ使命があります。できれば魔王と和解の道を模索したいと考えております」
殿下はギョッとしたように立ち止まりました。
「今なんと言った!? 勇者が魔王と和解だと!?」
「アリサ様の浄化の力は確かなものがあります。もし魔王に届くのであれば、不用意な戦いをせずにすむでしょう。私は、争いよりも真の平和を望みます」
ヴァルハルト様は落ち着いたご様子で、何の迷いもなく言い切りました。
王太子殿下は唖然とされ、レスティ様の瞳の端にほんの少し陰がよぎったような気がいたしました。
「魔王は数え切れぬほどの魔物を使役し、我が国の街や村を襲撃した。数多の国民の悲願から目をそむけ、あまつさえ和解などと、それはそなたが言い出したことか!?」
「私の提案です」
私は静かに進み出て、可能な限りゆっくりとお話させていただきました。
「多くの魔物は、私の作ったものを食べれば凶暴性を失いました。そのため、魔王に私の作ったものを食べてもらいたいのです。そうすれば、侵攻を止める可能性があります。恐らく魔王を討伐しても瘴気は止まりません。むしろ統率の取れなくなった魔物が暴走する恐れさえあります」
「そんなもの、レスティの力ですぐにでも止められる! 魔王は忌むべき敵だ!!」
「殿下。ヴァルハルト様とアリサ様の決意は固いようですわ。ここは一度お戻りになって、お城の方にご報告されてはいかがでしょう」
「しかし⋯⋯!」
王太子殿下は「あってはならぬ。勇者と魔王が和解など⋯⋯!」とブツブツ呟いています。なんだかその背に黒い靄が立ち上った気がして、私は反射的に浄化の力を使いました。一時的に靄は薄くなりましたが、完全には消え去りません。
出来れば、お菓子を召し上がっていただきたいですが、元はと言えばレスティ様と対立したのもお菓子が遠因です。また要らぬ嫉妬を呼び込んでしまうかもしれません。
そこで、すっとレスティ様が王太子殿下の左手に触れられました。王太子殿下の黒い靄が身体の中へ封じられていきます。
レスティ様も魔法を使われたのでしょうか。浄化とは少し違うように思われます。
「レスティ。癒しの力か。ありがとう。さすがは王国の聖女だ」
「いいえ、アリサ様のお力ほどではありませんわ」
「いいや、騎士団の団員もレスティの癒しの力で一層力がみなぎると話していた。君なら⋯⋯。間違ってもその力を魔王に使おうなどと、おかしな考えは起こさないだろう」
「おかしくなどありません。不要な戦いは民も傷つけます」
「ハッ。やはり婚約を破棄して正解だったな。バカバカしい。行くぞ」
吐き捨てるように言うと、殿下は元来た道を戻っていかれました。
レスティ様が後に続き、その口元にはうっすらと背筋が凍るような冷笑を浮かべておられます。
イヤな予感がして、私は立ち止まったまま動くことが出来ませんでした。




