第十七話 プラリネ入りガトーショコラ③
街へたどり着きますと、先日と同じくたくさんの人が行き交っていました。
ヴァルハルト様は「商業ギルドは東側だ。行こうか」と自然に私の手を取って歩き出しました。ゴツゴツした硬い手のひらが私の指や手のひらを包みます。少し恥ずかしいですが、ヴァルハルト様は堂々としていました。
商業ギルドは街の一番東側にあり、馬車でも入れるように外からの道も繋がっていました。門には門番が立ち、外からの攻撃を警戒しています。
ギルドの中へ入ると、前の世界の役所のように一つずつブースが出来ており、それぞれのブースの間には敷居が付いていました。それほど混雑はしておらず、何人かの人がブースに入っているのみです。入口の受付の女性に案内され、私たちは中央のブースに入りました。
「こんにちは。商業ギルドへようこそ! 初めての方ですか?」
「はい、初めてです」
「本日はどういったご要件ですか?」
「実は手作りの菓子を販売したいんです。私は浄化の魔法が使えるので、衛生面は問題ありません」
「承知しました。どのような形態の販売をご希望ですか? 露店、屋台、個人商店など様々な形態がありますが⋯⋯。露店と屋台は登録料の支払い、商店は登録料の支払い、及び納税義務が発生します。またそれとは別に売上に応じて年会費もいただきます」
「私は屋台を希望します」
「身元保証人の方はいらっしゃいますか?」
「俺が保証します」
「勇者様ですね。かしこまりました。保証金はお支払いいただけますか?」
「はい。支払います」
「また、申し訳ありませんが、販売商品には審査がございます。特に飲食物は審査が厳しいため、場合によってはお断りさせていただくかもしれません。よろしいですか?」
「はい。今日、販売予定のものを持ってきました」
「結構です。ではあちらの窓口へご提出ください」
ヴァルハルト様がマジックポーチからラッピングされた小袋を取り出し、隣の窓口へ提出しました。
審査窓口の担当者は、「ほう。見事な包装ですな。菓子をくるんでいるのは、紙⋯⋯ですかな?」と興味津々です。
「いえ、ラップという食べ物を保護する物です」
「なんと! 袋に包むだけでなく、保護用の膜にくるむとは素晴らしい発想です。では、審査に入らせていただきます。時間がかかりますので、外出していただいても結構ですぞ」
「では、少し外に出てきます」
「うむ。よい一日を」
私はヴァルハルト様と一緒に商業ギルドの外へ出ました。
「ヴァルハルト様、保証金は私の報奨金からお返しします。申し訳ありません」
「良いんだ。俺はアリサのタルトをたくさんの人に食べてもらいたい。だから、気にせずタルト作りに集中してくれ。さあ、せっかく時間も出来たし、何か食べに行かないか?」
「はい、行ってみたいです」
ヴァルハルト様はまた私の手をつなぎ、私たちは街の北側へ向かいました。今日は気候がよく、暖かな日差しが降り注いできます。白い壁面の家々が立ち並び、人々は皆幸福そうです。
ヴァルハルト様は北側のこじんまりした店に入っていきました。カウンターといくつかのテーブルがあり、何人かの人々が談笑しながら食事を取っています。
「何にする? おすすめはプリボリオフィッシュのパイ包み焼きだ。でも、他も安定して美味い」
「おすすめのパイ包み焼きにします」
「飲み物はどうする?」
「シトラス入りの炭酸水はどうでしょうか」
「わかった! 俺もそれにするな!」
二人で食事を待つ間、ヴァルハルト様は「ずっと気になっていたんだが⋯⋯」と話を始めました。
「アリサは前の世界で菓子職人だったのか?」
「いいえ。普通の事務職員でした。趣味で作っていただけです」
「趣味とは思えないほど、色々なレシピを知ってるな」
「実は⋯⋯。家の近所にタルト専門店があり、そこの色とりどりのタルトに憧れていたんです」
その店は、日本で初めて出来たタルト専門店で、季節のフルーツタルトやコーヒー風味のショコラタルトなどを取り揃え、常に甘く香ばしい香りを漂わせていました。私は幼い頃両親に連れられてその店へ行き、一つだけいちごのタルトを注文しました。
あの宝石のような美しいタルトは一生忘れられないでしょう。いちごの一粒一粒が光り輝き、生地はサクサクと香ばしく、その断面は隙間一つない完璧なものでした。
「私は、不慮の事故で早くに前の世界の両親を亡くしました。タルト専門店が両親との最後の幸せな記憶です。それで、自分でもあの店の味を再現したくて、色々作るようになりました」
「そうだったのか。悪い。辛いことを思い出させたな⋯⋯」
「いいえ、タルトの思い出が私に前を向かせてくれました。タルトがあったから、こうしてヴァルハルト様とお話できています」
私が微笑むと、ヴァルハルト様は困ったように指で頬をかきました。
「承認されるのが待ち遠しいよ。きっと大人気になるはずだ」
「はい! 承認されなくても、また別の方法を考えます」
「はは、アリサの前向きなところに俺は救われてる」
そこで料理と飲み物が来て、私たちはナイフでパイを切り分けました。中には白身魚と香草が詰まっていて、ホワイトソースがとろりと流れ出てきます。
一口サクリと口に含むと、新鮮な魚の身がほろほろと口の中でほどけていきました。
「ヴァルハルト様はどうして勇者に?」
「ああ、俺は——」
ヴァルハルト様は一瞬ためらい、でも何でもないことのようにさらっと続けました。
「俺の本名はヴァルハルト・ユン・オルセン。オルセン侯爵家の三男だ。魔法学校を卒業後そのまま冒険者になった。学校の卒業生に高名な冒険者がいて、その人に憧れたんだ」
「最初は冒険者だったんですね」
「その通り。そして冒険者として何年か経った頃、王都の『勇者の聖槍』のウワサを聞いて、一度だけ挑戦した。成功した時は、まさか自分がと思ったよ。憧れた先代勇者の槍を俺が引き継ぐなんてな」
勇者の聖槍は、ヴァルハルト様の前の代の勇者が魔王と相討ちになった際使用していた槍と言われています。
王都の聖石に刺さったまま誰も引き抜けず、いつしかその槍を抜いたものが世界を救うと言われてきました。
「でも、アリサの『魔王に何か食べてもらいたい』っていう願いを聞いてハッとした。力ばかりあっても憎しみを連鎖させるだけだ。たとえ勇者失格と言われても、和解の道があるなら、俺はそちらを選びたい」
エステルを拾い、難しい立場を選択させてしまったのに、ヴァルハルト様は私を咎めませんでした。
ヴァルハルト様はペンダントを取り出して眺め、「エステルがシュクレと寝てるぞ!」とおかしそうに笑います。確かに二人は部屋で寄り添って、ぐっすりと眠り込んでいました。
「エステルはすごくいい子ですよね」
「ああ。間違いない。父さんとは大違いだ」
「そのエステルのお父様は⋯⋯」
「とても好戦的で、盲目的に強い魔族や人間を求めていた。だが、一回追い詰めたことで何か心境の変化があるかもしれない」
「話を⋯⋯聞いてくれるといいですね⋯⋯」
「そうだな。きっと大丈夫だ。アリサのタルトもある! エステルとシュクレもいる。今は一つずつできることをしていこう」
炭酸水を飲み、食事を終えて二人で連れ立って商業ギルドへ戻ります。
また一つ、ヴァルハルト様に近づけたような気がしました。




