第十四話 うわさ
魔物にあげるタルトや夕食を作り続け、夕暮れ時から宵闇に空が変化する頃。ヴァルハルト様がワイバーンに乗って帰ってきました。
帰宅早々、マジックポーチから取り出したのは刺繍箱と色とりどりと布や糸や紐。これだけあれば何でも作れるでしょう。
執事ネズミのシュクレは大層喜んで、全てまとめて部屋へ持っていきました。さっそく何か作ってくれる気のようです。
「コーヒーパウダーとコーヒー豆もあった。これで合ってるか?」
「まさにこれです! ありがとうございます!」
「ついでにエレクトロフィッシュの魔石を使ったコーヒーミル、それにネルドリップフィルターも買ってきた。後、『ショーユ』はなかったが、小魚を一年間塩で漬け込んで絞り出した調味料があった」
「わぁ、ぜひ使ってみたいです」
見ると、醤油よりかなり透き通っていて、塩気がきいているようでした。一滴、ニ滴垂らしたり、タレを作るのに適しているかもしれませんね。たぶん前の世界の「魚醤」に近いものでしょう。
他にも無くなりそうだった材料を色々買ってきでくださったヴァルハルト様は、全て冷蔵庫に詰めると少しためらうような顔で私に近寄ってきました。
「アリサ。君にとっては辛い話になるが⋯⋯。街で王太子殿下とレスティ・ナサ様のウワサを聞いた」
私が布で手を拭き拭き、テーブルに近寄りますと、どこからともなく戻ってきた執事ネズミがさっと椅子を引いてくれます。
続いて、シュクレはヴァルハルト様とエステルの椅子も引き、私たちは三人で食卓に腰掛けました。
「お二人は婚約されたそうだ。それだけならアリサには黙っておくつもりだったが⋯⋯。実は、レスティ様には聖女の力が発現されたらしく、今度この辺境の地へ来るらしい」
「ここへ⋯⋯ですか? もしや瘴気を払いに?」
「ああ。お二人で来られるそうだ」
浄化の力の有無は不明ですが、レスティ様は優秀な魔法使いであったと聞いています。もし本当にお力があるなら、私は出しゃばらないようにしなければなりません。
いくら聖女の力があるとは言え、新しい方が来られるなら私はもう用済みです。うつむきかけた私に、ヴァルハルト様の力強い言葉が飛んできました。
「この地を浄化し、魔王の子を助け、魔物たちの穏やかな性格を取り戻したのはアリサだ。今さら王太子殿下とレスティ様が来られても、何も出来ることはない」
「そうよ! それに、わざわざこちらへ来るのだって、アリサの様子が気になってるからじゃないの? 魔物のモフモフ天国を見せて、追い返してやりましょ!」
エステルも私の手をギュッと握ってくれます。
「まだまだ国には魔物の跋扈する地域がある。特に辺境の地より北は、国民の居住地に近い。アリサのように特殊な事情がない限り、ここは勇者に任せてそちらを優先すべきだ。どうせろくでもないことを考えているに違いない」
ヴァルハルト様は言い切って、立ち上がりました。
「大丈夫だ、アリサ。王都からここまで早馬車でも四十日ほどかかる。それまでに追い払う準備をしよう」
「はい⋯⋯」
小さな声でつぶやくと、ヴァルハルト様が指先で頬に触れてこられます。男らしく無骨な指先でした。
「俺は⋯⋯俺達はアリサの味方だ。何があっても」
「アリサを傷つけた王太子とその彼女なんてふっとばしてやるわ!」
頼もしい二人の声に、私はようやく微笑みを返すことが出来たのです。




