第十三話 リンツァートルテ②
魔物たちもお腹いっぱいになった様子で、つきものが落ちたような顔で住処へ帰っていきます。私たちも家の中へ戻ろうとしたその時。
ポテポテと足音がして、何かが後ろからついてきていました。
「わぁ!? ね、ネズミ!?」
なぜか燕尾服を着た執事のようなネズミが、二足歩行で歩いています。ネズミは片手を胸に当て、深々とお辞儀をしました。
「ポロネズミだな⋯⋯。本来、噛みついたり火を噴いたりする凶暴な魔物だが、お菓子で浄化されて変化したんじゃないか?」
「執事になるなんて、不思議〜」
「執事ネズミさん。一緒に来てくれるの?」
「チュウ」
執事ネズミは前に進み出て、うやうやしくヴァルハルト様から鍵を預かり家の扉を開けて一礼しました。まるで本物の執事のようです。
「アリサのお菓子は魔法のお菓子ね! 何でも浄化されて、優しくなっちゃう」
「本当に、こんなことが起きるなんて⋯⋯」
「ねえ、せっかくだから、その執事ネズミに名前をつけない?」
「そうだな! せっかくだからアリサが付けてほしい」
「じゃあ、シュクレにしましょうか。タルトのサクサクした生地のことをパート・シュクレと言います」
執事はもう一度お辞儀をし、私たちに続いて家の中に入ってきました。
そして家やキッチンの様子をざっと眺め、何かを身振り手振りで伝え始めました。何か細いものを穴に通すような仕草をしています。
「あ、わかった! 裁縫道具がほしいの? やっぱり、そうよね! え、適当な布もほしい? どうしよう、アリサ。家にある?」
「エプロン代わりに使っていた大きめの端切れと簡単な刺繍の道具はありますが⋯⋯。しっかりしたものは持っていません」
「俺が買ってくる。執事ネズミは何か作りたいんだな」
「チュウ〜!」
執事ネズミは嬉しそうにコクコクと頷きます。
「他に何か必要なら、買ってくるぞ!」
私はコーヒーパウダーやラップ、醤油について相談しました。「全部店主に聞いてみる」とヴァルハルト様は笑い、赤いワイバーンのフレイヤの背に乗ります。
「あ、そうだ。アリサ。俺は王命を受けて魔王の討伐に出ているから、定期的に現状を報告する義務がある。アリサの力と、魔物の変化、魔王と和解の可能性について早文をしたためて、送っても良いか?」
「はい。その⋯⋯ヴァルハルト様の不利益になりませんか?」
「魔王に深手を負わせて、魔界へ帰還させた。それだけで一定の理解は得られる。俺なら平気だ! アリサが気に病むことは何もない」
ヴァルハルト様は朗らかにそう言い切って、空に舞い上がりました。
その背を見送ってエステルと一緒に部屋へ戻ると、執事ネズミのシュクレは乾かしてあったお皿を磨き上げ、食器棚に並べているところでした。
「アリサはやっぱり聖女だよ。他の人に代わりなんてできない。その王子とレスティとか言う人、今どうしてるんだろうね! すごく困ってるんじゃないかな」
「いえ⋯⋯。レスティ様は優秀だったんです。たぶんうまく行っていると思いますよ」
「いくら優秀でも婚約してる男性とくっつくなんて、あり得ないー! 私だったら、ワインぶっかけるかも!」
「ありがとうございます。さあ、ヴァルハルト様が帰ってきたら、森の奥まで進ませてもらってまた魔物たちにお菓子をあげましょうか。この島一体を浄化出来たら⋯⋯。魔物が溢れて人里を襲う確率は低くなります」
「たっくさん作らなきゃだね! 私も手伝う!!」
「お父様は気を悪くしませんか?」
「私が説得するから安心して! 元々私の体調が悪くてこちらの世界を手に入れようとしてたのよ。私はアリサの料理やお菓子でどんどん元気になってるし、それさえ伝われば分かってくれるはず」
「よかった。じゃあ、私は引き続きタルトを作りますね」
エステルが抱きついてきたので、頭を撫でて抱きしめ返しました。金髪の短いツインテールがゆらゆら揺れ、左右からは魔族特有の尖った耳がのぞいています。
当たり前のようにこの家にいてくれていますが、本来この子は魔族です。いつかはお父様の元へ帰らなければならないことを、忘れてはいけませんね。




