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第5話 毒見役は厨房を改める

翌朝、私は使用人名簿を広げた。


 食堂付きの給仕が六人、厨房が八人、食材庫番が二人、買い付け係が三人。年齢も経歴もばらばらだが、共通しているのは、この三か月で補充が多すぎることだった。


「辞めた人が多いのですね」


 名簿を覗き込んだマルタが、ため息をつく。


「体調不良、家族の事情、突然の失踪。理由はさまざまです」


「本当にさまざまで済むと思いますか」


「思っていたなら、あなたを呼んでいません」


 さっぱりした答え方に、私は少しだけ笑った。


 まずやったのは、厨房の動線を変えることだった。


 食材庫の鍵を二重にする。塩、香草、酒の封印を統一する。味見は調理中、盛り付け後、配膳直前の三回に分ける。私ひとりではなく、料理長ヨナス、筆頭侍女マルタ、給仕頭オーウェンの三人にも確認欄へ署名を入れてもらう。


「面倒だ」


 ヨナスが眉をしかめた。


「面倒で人が死なないなら安いものです」


「……言うな」


 ぶっきらぼうだが、反発しながらも手は止めない。五十一歳の料理長は頑固だが、無責任ではないとわかった。


 もう一つ、新しく決めたことがある。


 厨房へ入る者は全員、胸元へ色違いの布札を下げる。厨房、食堂、倉庫、買い付け、それぞれ色を変えるのだ。誰がどこから来て、どこへ戻るのか、一目でわかるように。


「見張り札ね」


 鎧姿の女性が壁へ寄りかかったまま言った。


 辺境伯家私兵隊長のヘレナ・グレイス。三十歳。短い黒髪と鋭い眼差しが印象的で、初対面から「私は剣、あなたは舌」と言い切った人だ。


「見張るのは札ではなく流れです」


「気に入った。人間は嘘をつくけど、流れは癖が残る」


 彼女はそう言って、倉庫前の警備を増やす約束をしてくれた。


 昼前、私は食材庫で塩袋を数えた。


 帳簿上は二十袋。現物は十九袋。


 誤差としては小さい。けれど、この屋敷で今いちばん信用してはいけないのは「小さいから見逃せる」だ。


「ノエルさん」


 呼ぶと、細身の青年が眼鏡を押し上げながら振り返る。会計係ノエル・バスティアン、二十六歳。


「はい」


「この一袋、どこへ消えたか追えますか」


「帳簿上の搬入印なら追えます。ただ、最近は港の納品印が妙に丁寧すぎるんです」


「丁寧すぎる?」


「わざとらしいくらいに」


 私は塩袋の紐を撫でた。昨日の蝶結びと同じ違和感だ。


 王宮では、きれいな書類ほど疑えと教わった。見せたいものがある人間ほど、端を整える。


「ノエルさん。過去三か月分の塩と香草の納品記録、全部見せてください」


「全部?」


「全部です」


 そのやりとりを背後で聞いていたエイドリアンが、低い声で問う。


「そこまでして、何が見える」


「人の意図です」


 私は帳簿の上に指を置いた。


「毒は一度入れたら終わりではありません。いつ、どこで、誰なら混ぜられるか。その道筋を持っている人がいる」


「見つけられるか」


「見つけます」


 言い切った私に、彼は短く頷いた。


 その直後、厨房口へ新しい伝令が駆け込んでくる。


「王都から急使です!」


 差し出された封筒の封印を見た瞬間、私は目を細めた。


 レオン・ハードウィックの私印だった。

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