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第4話 夕食の皿に仕込まれたもの

代わりの食事は、驚くほど簡素だった。


 焼いた鶏肉、塩で茹でた豆、黒麦のパン。豪奢な夜会料理に慣れた王都の貴族なら眉をひそめるだろうが、私はむしろ好感を持った。余計な装飾がないぶん、混入の痕が読みやすい。


「まず私が見ます」


 私は卓の端に立ち、皿ごとに匂いと色を確認した。鶏の焼き脂、豆の青さ、パンの酵母。おかしな混ざりはない。


 だが飲み水の瓶へ顔を寄せたとき、わずかに違和感が走る。


「この水差し、誰が運びましたか」


 マルタがすぐ答える。


「新人の補助侍女です。二十六歳のエマが」


「今どこに?」


「見当たりません」


 私は瓶の口を布で押さえ、銀匙を沈めた。曇りはしない。毒ではない。代わりに、鼻の奥へ甘い香油の匂いが残る。


「毒ではありません。気を逸らすための偽装です」


「偽装?」


「本命は最初の魚料理だったのでしょう。こちらは私を迷わせるための匂いづけです」


 エイドリアンが椅子へ腰を下ろす。


「つまり、敵は台所の動きを見ていた」


「ええ。私が到着したことまで含めて」


 王宮よりずっと露骨だ。けれどそのぶん、粗い。


 私は鶏肉を切り分け、ひと口だけ確かめた。問題ない。


「食べられます」


 それを聞いても、エイドリアンはすぐには手を伸ばさなかった。


「お前も座れ」


「……私が、ですか」


「毎回立たせたまま毒見させるのは非効率だ。食うと判断したなら、同じ皿で確認しろ」


 マルタが目を細める。反対するかと思ったが、意外にも椅子を引いてくれた。


「どうぞ」


 私は恐る恐る座った。王宮では、毒見役が同じ卓に着くことなどなかった。味を見て、結果を告げ、壁際へ退く。それが当たり前だった。


 けれどここでエイドリアンは、当たり前を選ばないらしい。


「倒れた給仕は助かります」


 食事の合間に告げると、彼は短く息を吐いた。


「ならよかった」


「名前を聞いていません」


「オーウェンだ。港育ちの二十八歳で、足は遅いが手先は器用だ」


 さらりと使用人の年齢と長所が出てくるあたり、この人は冷たいだけではない。


「ずいぶん、よく見ていらっしゃるのですね」


「守る立場なら当然だ」


 それを聞いたとき、胸の奥が少しだけ熱くなった。


 王宮で同じ言葉を言う人間は、誰一人いなかったから。


 食後、私は厨房へ戻った。ヨナスは悔しそうな顔のまま、香草皿と塩壺を差し出してくる。


「見ろ。塩壺の底にも青い粉がついていた」


 覗くと、たしかに薄く残っていた。


「混ぜたのは食堂直前です。しかも手慣れていない」


「なぜそうわかる」


「均一に混ぜていません。皿の端に粉が残るのは、急いでいた証拠です」


 私は棚へ視線を走らせた。香草を刻む包丁の位置、調味箱の向き、布巾の湿り。誰かが焦っていた痕跡が、細かく散らばっている。


 そして気づく。


 塩壺に巻かれた封印紐の結び方が、王宮式だった。


 この辺境の厨房で使うには、妙に端正すぎる蝶結び。


「……王都から来たものですね」


 私の呟きに、背後からエイドリアンの声が落ちる。


「何がだ」


「この手口です。少なくとも、王宮の配膳習慣を知る人が一枚噛んでいます」


 そう言いながら、私は塩壺を持ち上げた。


 底へ焼き印がある。


 それは昼間、港の荷車で見た商会印と同じ形だった。


「伯爵様。食卓だけでは済みません」


 顔を上げる。


「港から入ってきた荷が、台所まで汚染されています」


 敵は屋敷の中にいる。


 そして外にも、必ずいる。

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