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第39話 もう戻らないための返書
翌朝、私は王宮への返書を書いた。
銀封の招待状と、主任待遇の打診書を机へ並べる。ありがたい話ではある。以前の私なら、これを断る自分など想像できなかっただろう。
だがペン先は迷わなかった。
『御申し出、光栄に存じます。しかし私は王宮試食部門への復帰を辞退いたします』
理由も逃げずに書く。ゼファールでは、食卓管理と港湾検品を一体で運用し始めていること。現場を守る仕組みを手放すつもりがないこと。必要なら運用書を共有し、王宮との連携には応じること。
最後に、推薦としてヘレナの名も添えた。彼女なら、現場を盾にしない。
「書けたか」
エイドリアンが窓辺から尋ねる。私は頷き、まだ乾かないインクを見つめた。
「ええ。もう戻らないための返事です」
「後悔は」
「ありません」
本当に、驚くほどなかった。王宮を拒むためというより、自分の居場所を言葉にするための手紙だと思えたからだ。
私は署名の下へ、新しい肩書きを添える。
『ゼファール伯領 食卓監査補佐 リディア・フェルナー』
肩書きはまだ仮だ。けれど、自分で選んだ文字はやはり重みが違う。
封蝋を押し終えると、エイドリアンが静かに言った。
「よく似合う」
何が、と尋ねなくても分かった。手紙でも肩書きでもなく、選び取った顔のことだ。




