第40話 海の見える食卓で
初夏の風が、食堂の窓を大きく開けていた。
海の見える側へ小さな丸卓が新しく置かれ、その上には焼いた白身魚と香草の温菜、レモンを落とした澄んだスープが並ぶ。港の検品札はもう日常に溶け込み、ノーラも一人で厨房の入口を任されるようになった。ヘレナからは、フェナールが正式に更迭されたと手紙が届いている。
ようやく、本当の意味で静かな夕食だった。
「今日は仕事の話をしない」
席につくなり、エイドリアンが言う。
「無理では?」
「努力する」
以前も聞いた台詞だ。私は笑い、スープ皿へ視線を落とした。透明な表面に窓の光が揺れている。
「リディア」
名前を呼ばれ、顔を上げる。
「仮の承諾を、正式なものにしたい」
飾り気のない言い方だった。だからこそ、胸の奥へ真っ直ぐ届く。
「毎晩、同じ食卓につく約束も」
「ええ」
「隠し事をしないことも」
「守る」
私は少しだけ考えるふりをしてから、頷いた。
「では、もう一つ条件です」
「何だ」
「海の見える席を、ときどき私に譲ること」
エイドリアンが珍しくはっきり笑った。
「そのくらいならいくらでも」
私も笑って、ようやく答える。
「正式に、お受けします」
窓の外では、夕暮れの港へ灯りがともり始めていた。王宮へは戻らない。便利な盾にもならない。これから私は、自分で選んだ仕事と、自分で選んだ人の隣で、同じ食卓を守っていく。
スープは今日も澄んでいる。濁りのない皿を前にして、私は静かに匙を取った。




