第36話 祝福より先に検品を
港祭の当日、広場は朝から人で埋まっていた。
商人、船乗り、職人、兵、そして王宮からの書記官までいる。祝宴の前に検品台を置くなど前代未聞だが、私は気にしない。前代未聞だからこそ、今やる意味がある。
前菜の皿が並び始めたところで、私はふとソース瓶を一本持ち上げた。重さがわずかに違う。封は正しい。だが香りが浅い。
「止めてください」
厨房の空気が凍る。私は瓶口を開け、白皿へ一滴落とした。色は似ているが、とろみが強すぎる。舌へ触れれば痺れはない。代わりに、保存のために入れるべき塩が足りない。傷んだ材料を香辛料で覆った品だ。
「差し替えです」
ヘレナがすぐに後ろの樽を確認し、同じ瓶を二本見つけた。運び込んだ補助係は顔色を失う。
「誰に頼まれたの」
私の問いに、男は震えながら答えた。
「ベルノーの残りが……祭で一度混ぜれば分からないって……」
兵が男を連れていく。広場はざわついたが、私は深呼吸して次の皿へ向かった。
「検品を続けます」
誰かが呆れたように笑い、別の誰かが拍手した。祝福より先に検品を。おかしな順序かもしれない。けれど、こういう時に手を止めなかったからこそ、私はここまで来たのだ。
エイドリアンが低く告げる。
「終わったら、今度こそ紹介する」
「ええ。その時は、温かい料理のあとで」
食卓は、守ってから祝えばいい。私はそういう順番が好きだった。




