第24話 婚約者は船酔いを隠せない
夜の港は、昼より静かで、だからこそ物音がよく響く。
入港した小型船へ乗り込むと、足元で板が上下に揺れた。私は慣れているが、エイドリアンはわずかに眉を寄せる。顔色は変わらない。変わらないようにしているだけだと、すぐ分かった。
「大丈夫ですか」
「問題ない」
「声が少し低いです」
「いつも低い」
強情だ。けれどそれ以上は言わず、私は先に積み荷へ向かった。船倉には香辛料箱に紛れて、封蝋道具の入った小箱が隠されていた。青い蝋棒、王宮を模した印章、そして辺境伯家の略紋まである。
「やはり船の上で押し直していますね」
船員のひとりが膝をついた。四十近い男で、手は潮と縄で荒れている。
「俺たちは命じられただけだ。ベルノーの番頭が、王都向けだけ中身を替えろと……断れば契約を切ると脅された」
「誰の指示か知っている?」
「青い封蝋の手紙が来る。相手の顔は見ていない」
そのとき、背後で短い息を呑む音がした。振り返ると、エイドリアンが手すりへ片手をついている。
「本当に問題ないのですか」
「……少し、揺れるだけだ」
私は笑いをこらえ、船室から生姜水を借りて差し出した。
「飲んでください。毒は入っていません」
エイドリアンが渋い顔で受け取る。
「今その言い方をするな」
「事実です」
生姜水を飲み干した彼は、しばらくしてようやく顔色を戻した。こんな場面でも無理をして隣に立つ人なのだと思うと、胸の奥が少し温かくなる。
船を降りるころには、私たちの手元に青い封蝋と偽印章、そして船員の証言がそろっていた。潮の匂いの向こうで、追うべき相手の輪郭がやっと見え始める。




