第25話 王宮付き試食官の来訪
翌日の昼前、伯爵府へ王宮からの客が来た。
三十一歳の王宮付き試食官ヘレナ・シュタイン。黒髪をきっちり結い上げ、灰色の瞳で部屋の隅まで見渡す人だった。挨拶の仕方まで無駄がない。
「リディア・フェルナー殿。あなたを連れ戻しに来た、と言えば怒りますか」
「少しは」
「安心しました。私もその役なら引き受けません」
開口一番それを言うあたり、嫌いではない。
私は差し止めた香辛料を机に並べた。ヘレナは紅花を指先で砕き、乾いた香りをかいで即座に言う。
「染色用の屑が混じっています。王宮の料理人が気づかず使えば、香りが立たずに料理だけが下品になる」
「私も同意見です」
エイドリアンが腕を組む。
「王宮はこれを承知していたのか」
「いいえ。ですが調達部門は急いでいます。春の献上宴で失敗できない。そこで、ゼファール経由の荷に信頼を乗せたかったのでしょう」
「信頼を乗せる前に、中身を疑うべきでしたね」
私が言うと、ヘレナはほんのわずかに口元を和らげた。
「あなたが辞めた後、王宮の食卓はずいぶん鈍くなりました」
褒め言葉なのか、現場への愚痴なのかは分からない。けれど少なくとも、私を昔の盾に戻すための視線ではなかった。
「敵は誰です」
私の問いに、ヘレナは短く答える。
「調達官バルテル・フェナール。直接手を汚す人ではありませんが、安い仕入れで手柄を立てるのが得意です。ベルノー商会とも近い」
王宮と港、ようやく線が繋がった。
「なら、ここから先は同じ食卓です」
私がそう言うと、ヘレナは一瞬だけ目を丸くし、それから頷いた。
「ええ。少なくとも、食べる前に疑う相手がいるのは心強い」




