第22話 港へ届いた春の香辛料
港へ着くころには、潮風の中へ甘く乾いた香りが混じっていた。
南方船から降ろされる木箱には、胡椒、丁子、乾燥柑橘皮、そして王宮向けと記された高価な紅花が並ぶ。見た目は整っている。だが、ひと箱だけ蓋を開けた瞬間、私は違和感に気づいた。
「香りが軽すぎる」
紅花特有の深い土の匂いがなく、代わりに乾いた草くずのようなにおいが立つ。指先でひとつまみ取り、水を落とすと色も鈍い。染めはするが、料理の香りは弱い粗悪品だ。
「王宮向けの印までついていますね」
帳簿を持つオーウェンが眉をひそめた。私は箱の側面へ顔を近づける。刻印は本物に似せているが、封蝋の縁がざらついている。押し直した跡だ。
「ここで詰め替えたのではなく、どこかで中身だけ入れ替えられています」
積み荷の責任者を名乗る男が慌てて口を挟んだ。
「そんなはずはない。王宮用の荷は最優先で管理した」
「では、この箱だけなぜ乾燥剤の布が違うのですか」
私が示すと、男は黙った。ほかの箱は青糸で留められているのに、そのひと箱だけ白糸だ。現場で慌てて結び直した人間がいる。
エイドリアンが私の隣へ立つ。
「この荷は一時差し止める。異論があるなら、伯爵府で書面を出せ」
低い声が落ちると、荷役たちの手が止まった。私は差し止め印を押し、検査用の布札を箱へ結ぶ。
「全部開けます。王宮向けだけではありません。同じ船に積まれていたなら、ほかも疑うべきです」
春の港は忙しい。だからこそ、ここで見逃した一箱が、そのまま誰かの食卓を壊す。
私は袖を留め直した。
「今日は長くなりますよ、伯爵様」
「構わない」
「朝食の約束は」
「遅れてでも守る」
その答えに、少しだけ肩の力が抜けた。荷は嘘をつく。けれど人がどう立つかは、案外はっきり見えるものだ。




