第17話 愛人は涙で逃げ道を探す
話の場所に選ばれたのは、ギルド広間の裏にある小さな応接室だった。
窓からは港が見える。遠くで祭の準備の槌音が響いている。
「懐かしいわね」
セレスティーヌが椅子へ座りながら言った。
「王宮では、あなた、いつも壁際で静かに立っていたでしょう?」
「ええ。そうするように言われていましたから」
「私は嫌いじゃなかったのよ。便利で」
思った以上に率直で、逆に笑いそうになる。
「それは光栄です」
「皮肉が言えるようになったのね」
彼女は長い睫毛を伏せ、ため息をついた。
「リディア、これ以上はやめましょう。レオン様も追い詰められているの。あなたが少し黙れば済む話なのよ」
「私が黙ると、誰が助かるのですか」
「大勢が」
「具体的には?」
セレスティーヌの唇が一瞬固まる。
私は続けた。
「あなたの離宮。サヴァラン商会。王都へ流れた特別塩。全部、偶然では済まない量です」
「証拠なんてないでしょう」
「ならなぜ、今ここで黙れと言うのです」
彼女は扇を閉じた。
「……あなた、本当に可愛くない女ね」
「毒見役に愛嬌を求められても困ります」
そこでセレスティーヌは、今度は声音を変えた。柔らかく、泣きそうに。
「私はね、怖かったのよ。王都で女が生きるのは大変だもの。レオン様は頼りになったし、私はただ、少し守ってほしかっただけ」
「そのために、私へ毒を押しつけたのですか」
「死ぬ量じゃないと聞いていたわ!」
反射的に出た叫び。
私は瞬きをした。
今の一言で十分だった。
「“死ぬ量じゃない”と、誰から?」
セレスティーヌは口を押さえた。
遅い。
「あなたは毒の存在を知っていた」
「違う、私は」
「知らなければ、量の話は出ません」
しばらく、彼女は私を睨んでいた。
やがて扇を机へ置き、低い声で言う。
「いくら欲しいの」
「は?」
「金よ。ゼファールの屋敷一つ、いや二つでも買える額を用意する。王都へ戻らなくていい。辺境にいたいならいればいい。その代わり、今夜の開封検査で余計なことはしないで」
涙を浮かべた目のまま、言うことだけは正確だった。
私はゆっくり首を振る。
「私が欲しかったのは、お金ではありません」
「じゃあ何」
「自分の口を、自分で使える立場です」
立ち上がる。
「それを邪魔する人のために、黙る気はありません」
扉へ向かう私の背へ、セレスティーヌの声が飛んだ。
「なら今夜、後悔するわよ!」
私は振り返らずに答える。
「後悔するのは、毒を入れた人たちです」
部屋を出ると、廊下の先でエイドリアンが待っていた。
「どうだった」
「十分でした」
私は小さく息を吐く。
「今夜、仕掛けます」




