第15話 夜明けまでの共同作業
執務室へ運び込まれたのは、港の潮位表、搬入記録、倉庫鍵の貸出票、そしてオズワルドの密輸帳簿だった。
ノエルは途中まで付き合ってくれたが、さすがに午前を回る頃にはふらつき始め、マルタに強制的に寝かされた。残ったのは私とエイドリアンだけだ。
「眠くないのですか」
私が尋ねると、彼は書類から目を上げずに答える。
「今夜は」
簡潔すぎる返事に少しだけ笑う。
「怖かったのですか」
すると彼の手が止まった。
「誰が」
「私がさらわれかけたのが」
沈黙。
長い沈黙の後、エイドリアンが低く言う。
「怒った」
「はい」
「私の領地で、私の雇員が、私の見ていないところで狙われた」
そこでようやく顔を上げる。
「それを許せなかった」
正直な人だ。
だからこそ、まっすぐ胸に刺さる。
私は誤魔化すように帳簿へ視線を戻した。
「許さないでください。ついでに、この数字も」
潮位表と帳簿を重ねる。満潮前後にだけ搬入量が増えている。大型船ではなく、喫水の浅い小舟なら、裏の入り江から倉庫へ直接寄せられる時間帯だ。
「ここです」
私は地図の一点を指した。
「祭の夜、ここから入れます。表の港は灯りで賑やかですが、入り江側は死角が多い」
「見張りを置く」
「表向きは置かないでください。荷が動かなくなります」
エイドリアンが顎に手をやる。
「なら、祭の最中に公開査問で表を止め、裏で荷を押さえる」
「はい。食卓と港を同時に」
紙の上で、点と線がようやく繋がっていく。
興奮で眠気は消えていた。なのに不意に、肩へ温かな重みが乗る。視線を落とすと、エイドリアンが自分の上着を私へかけていた。
「冷える」
「伯爵様こそ」
「私は慣れてる」
断る理由が見つからなくて、そのまま借りる。潮と革と、ほんの少しだけ煙草ではない焦げ木の匂いがした。
「……ありがとうございます」
「礼は、全部終わってからでいい」
その時、廊下から足音が響いた。マルタが扉を開け、珍しく少し急いだ顔で告げる。
「王都からの一行が明朝到着するそうです」
「レオンか」
「いいえ」
マルタは一拍置いた。
「セレスティーヌ・アルヴェ様ご本人です」
部屋の空気が、ぴんと張り詰める。
黒幕が、自分から海風の中へ来るらしい。




