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第14話 さらわれかけた毒見役

縄梯子が見つかった翌日から、屋敷の警備は一段厳しくなった。


 それでも私は港へ出た。祭前日の搬入量を自分の目で見なければ、最後の罠は張れない。


「一人では行かせません」


 ヘレナがぴしゃりと言い、結局、私は彼女と兵二人を伴って港湾区へ向かった。


 昼の港は普段以上に混み合っていた。祭のための酒樽、色布、飾り灯籠。人の流れに紛れれば、荷も人も簡単に消える。


 私はサヴァラン商会の倉庫前で立ち止まった。昨日まではなかった新しい荷札が貼られている。だが荷札の糊がまだ柔らかい。貼り替えた直後だ。


「開けましょう」


 私が言いかけた瞬間、背後から布が押し当てられた。


 甘い。


 海蜜花で匂いを隠した睡薬。


 咄嗟に息を止め、身体を沈める。相手の腕へ肘を入れると、短い呻き声が上がった。だが二人目が私の肩を掴み、路地裏へ引きずり込もうとする。


「リディア!」


 ヘレナの怒声。


 私は手首の銀匙を抜き、布の端へ突き刺した。染みていた薬液が金属へ移り、独特の青い曇りが浮く。睡鱗粉。大量に吸えば危ないが、今ならまだ意識は保てる。


「左! その男です!」


 叫ぶと同時に、兵が一人を取り押さえた。もう一人は私を突き飛ばして逃げる。転びかけた身体を、背後から強い腕が支えた。


「下がれ」


 エイドリアンだった。


 彼はどこから来たのかと思う間もなく、逃げる男へ向けて短剣を投げた。刃は肩口の布だけを裂き、男を転倒させる。そこへヘレナが追いつき、容赦なく地面へ押さえつけた。


 捕らえた男は三十代半ばの荷運びで、口を割らなかった。けれど懐から出た革袋に、見覚えのある刻印がある。


 レオンの実家、ハードウィック家の紋章だ。


 私はそれを見た瞬間、ようやく足の震えに気づいた。


「怪我は」


 エイドリアンの声が近い。


「ありません。吸い込んだ量も少ないです」


「本当に?」


「本当です」


 答えたのに、彼はすぐには手を離さなかった。支える手に力が入っている。怒っているのだと、触れられて初めてわかった。


「次からは、必ず私へ行き先を先に言え」


「言いました」


「言った上で、私も来る」


 思わず目を瞬く。


 海風が強い。けれどその腕の中だけ、妙に温度が高かった。


「……はい」


 小さく答えると、彼はようやく手を離した。


 その夜、捕らえた男の供述は取れなかった。


 代わりにエイドリアンは、私の机へ新しい地図を広げた。


「一緒に見るぞ」


 どうやら今夜は、長くなりそうだった。

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