第12話 信用は食卓で育つ
夜会の後、館は遅くまで騒がしかった。
エマは泣きながら事情聴取を受け、オズワルドの部屋はノエルとマルタが調べ続けている。誰もが慌ただしく動いていたのに、食堂の隅だけは妙に静かだった。
「食べていないだろう」
エイドリアンが言った。
「用意させる」
私は一瞬断りかけて、やめた。
逃げた犯人を追えなかった悔しさで、胃のあたりが固くなっている。けれど何も入れないままだと、思考まで痩せる。
「では、少しだけ」
出てきたのは、煮崩した豆と根菜のスープ、薄く焼いた塩パン、干し肉を刻んだ温かい炒め物。豪華さはない。でも、仕事の後にはこういう食事が一番いい。
「美味しいですね」
「ヨナスの夜食は外れがない」
向かいに座るエイドリアンは、今夜も私が一口確かめるまでスプーンを動かさなかった。
「そこまで徹底されると、責任が重くなります」
「軽い責任なら最初から預けない」
そう返されると、言い返せない。
私はスープの表面を見つめた。湯気越しに、向かいの人の輪郭が少しだけ柔らかく見える。
「オズワルドを逃がしたのは痛いです」
「そうだな」
「エマを止められなければ、今夜も誰か倒れていました」
「それもそうだ」
慰めるでもなく、過剰に褒めるでもない。けれど事実として返してくれる。その距離感がありがたかった。
「伯爵様は、最初から私を信用していたわけではありませんよね」
聞くと、彼は少しだけ考えてから頷いた。
「していない」
「正直ですね」
「だが今は違う」
スプーンを持つ手が止まる。
エイドリアンはまっすぐ私を見た。
「毒の知識だけじゃない。お前は、見つけた事実から目を逸らさない」
そんなふうに評価されたことは、一度もなかった。
王都ではいつも、「便利」「気が利く」「黙っていて偉い」ばかりだった。真実を見たことを褒める人はいなかった。
「……ありがとうございます」
声が少し掠れた。
エイドリアンは何も言わず、代わりにパン籠をこちらへ寄せてきた。
「もう一つ食え」
「そんなに弱そうに見えますか」
「実際、細い」
「失礼ですね」
「倒れられるよりましだ」
無愛想な人なりの気遣いだとわかるから、腹が立たない。
食事を終えた頃、ノエルが帳簿を抱えて飛び込んできた。
「オズワルドの部屋から鍵箱が出ました! 港倉庫の合鍵です。それと、次の搬入日が」
彼が広げた紙に、二日後の日付が記されている。
港湾祭の前夜。
最大の荷が動く日だった。




