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第11話 夜会の白魚と青い毒

港の有力商人を集めた小さな夜会は、三日後に開かれた。


 名目は春の航路安全祈願。実際には、サヴァラン商会と関わる者たちの顔ぶれを一度に揃えるための場だ。エイドリアンは招待状の文面まで最小限にし、こちらの意図を悟られないようにした。


 厨房では、私が調理から配膳まで全部の流れを見た。


 ヨナスが額の汗を拭う。


「ここまで見張られた夜会は初めてだ」


「今日を最後にしたいですね」


 前菜は白魚の香草蒸し。問題ない。次に出す冷製の皿へ手を伸ばしかけた時、甘い匂いが鼻先を掠めた。


 海蜜花の香油。


 私は反射的に、最後尾のソース差しを取り上げた。見た目は淡い乳白色だが、底へ沈んだ粒がほんのわずかに青い。


「止めてください」


 配膳がぴたりと止まる。


 その瞬間、盆を持っていた若い侍女が肩を震わせた。二十六歳の補助侍女エマだ。


「どうしてあなたが青ざめるの」


 私が静かに問うと、エマは一歩下がった。


「わ、私は何も」


「その手袋、裏返してください」


 ヘレナが素早く腕を掴む。白い手袋の内側へ、青影草の粉が薄く付いていた。


 食堂へ出る直前、エマは泣き崩れた。


「し、知らなかったんです! 眠くなる薬だって、オズワルドさんが……少し混ぜるだけで伯爵様が大人しくなるって……!」


 マルタが顔色を変える。


「倉庫係のオズワルドが?」


「お金を払うって、借金を消してくれるって……」


 オズワルド・ケイン。四十四歳。帳簿には几帳面で、塩袋の受け取りもほぼ彼が担当していた男だ。


「本人はどこ」


 ヘレナが問い詰めると、エマは震える指で裏門の方角を示した。


「さっき、もう用は済んだって……船へ向かうって……」


 ヘレナが駆け出し、私も続こうとしたが、エイドリアンが腕で制した。


「お前はここだ」


「でも」


「まだ食卓が終わっていない」


 その言葉で我に返る。そうだ。今夜の標的が誰であれ、皿はすでに並び始めている。


 私は食堂へ戻り、すべてのソース差しを回収した。商人たちは不穏なざわめきを隠せない。エイドリアンは静かに席へ着いたまま、低い声で告げる。


「料理に不備があった。次の皿を待て」


 逆らう者はいない。


 夜会は続行されたが、最後まで張りつめていた。


 結局、オズワルドは捕まらなかった。だが彼の部屋から一枚の帳簿が見つかる。塩の入庫記録の裏に、王都式の略号と、見覚えのある頭文字が残っていた。


 C・A。


 セレスティーヌ・アルヴェ。


 とうとう、王都の名が紙の上へ浮かび上がった。

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