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2話

 麗夢(レイ)が一室の重厚な扉を開けた。

 そこは外の喧騒が嘘のように静まり返り、冷たい空気が肌を刺す。

 壁一面には整然と書類や武器が並び、窓のない部屋特有の、濃い影が落ちていた。

 だからこそ、(ミオ)にとっては居心地が良い。


「ここって、ご主人様(レン様)の部屋なの?」


「…執務室だ。勝手に触るなよ」


 興味津々で部屋を見渡していると、デスクの隅に座る桃髪の少女(???)と目が合った。

 彼女の指先は、真っ赤な血のような色のインクで何かを書き殴っている。

 目が合うと、少女はふんわりと…まるで聖母のような無垢な微笑みを浮かべ、また淡々と仕事に戻った。


「女性も居るんですね」


 麗夢(レイ)は溜息を吐いて、呆れたように言う。


「お前もそうだろ、水澪(ミオ)


「みお…」


 慣れない自分の名前を、口の中で飴玉を転がすように呟いてみる。


…そういえば、そんな名前だったっけ。


「違ったか…?」


 (ミオ)の反応が薄いせいか、麗夢(レイ)が怪訝そうに眉を寄せた。


「いえ、あってます」


…久々呼ばれたな。


 いつもの名前は…、いつもって、なんだっけ?(ミオ)の本当の名前?いつもって、何?

 いつも、いつも、いつも。

 水澪(ミオ)って誰?(ミオ)水澪(ミオ)

 (ミオ)(ミオ)(ミオ)…。(ミオ)って、誰?


『エラーが起こりました。再起動(リセット)します』


「おい…」


 遠くで誰かが何かを言っている。

 けれど、鼓膜(システム)に届くのは水の中にいるような、酷く濁った音だけだった。


(ミオ)(ミオ)(ミオ)…」


 嗚呼、ヒカリさん(マスター)ヒカリさん(マスター)

 (ミオ)を、お救いください。

 ヒカリさん(マスター)が居ましたら、(ミオ)は幸せになれます。


「しっかりしろ!!」


 ヒカリさんがそう叫ぶ。


 ヒカリさん、ヒカリさん。貴方はいつもそうです。

 (ミオ)を正しい方へと引き摺り出し、幸せという名の絶望を教えてくれる、眩しい存在。

 窓の外の子供達(ヒカリさん)もそうです。明るく清らかな、無垢な生贄。

 その命が散る瞬間、きっと世界を幸せな叫びで満たしてくれるのでしょう。


「ヒカリさん…」


 麗夢(レイ)が苛烈に舌打ちをし、(ミオ)の肩を思い切り突き飛ばした。

 ドコン、と壁にぶつかる音が執務室に響き、視線が(ミオ)に突き刺さる。


「頭を冷やしてこい」


 肩が熱い。手首が痺れる。けれど、嘆くほどのことじゃない。


(ミオ)は、何か間違えたのでしょうか?


 眩しい人は、酷く怒っていらっしゃる。


「大丈夫?」


 さっき目が合った桃髪の少女(???)が、救い()を伸ばしてくれる。

 (ミオ)は今から殴られるのでしょうか。それとも、もっと深く罵倒される?

 …正直、どうでもいいです。痛みが私を構成する全てなのですから。


「ありがとう…」


 彼女の手を借りて起き上がる。

 肩が電流でも流れているように痛いが、気にする必要は無い。

 (ミオ)玩具(ドレイ)だ。壊れたらヒカリさん(マスター)に直してもらえればいい。


「いいんだよ。あたしぃは月実(ルミ)、気軽に呼んで幹部補佐(シンイリ)さん」


 月実(ルミ)と名乗った、その桃髪の女性は私にとっての女神様だった。

 桃髪は所々、青く染められており、苺を閉じ込めたような赤色の瞳。

 その吸い込まれそうな(とりかご)は、とても美しく、時に残虐だと知っていた。


月実(ルミ)…。月実(ルミ)、よろしくね」


 月実(ルミ)…可愛らしい名前。潰し(遊び)甲斐がある名前。

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