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1話

 白い雪がポツポツと降り始めた頃、(ミオ)はある黒い組織に入った。

 その組織はあまりにも暗く、降ってくる雪の一粒一粒が、まるで鋭い光のように見えた。


「ヒカリさん、ヒカリさん。(ミオ)の目の前から消えた」


 (ミオ)は、虚無に突き動かされるまま、そう唱え続けた。


「ヒカリさん、ヒカリさん。(ミオ)の目の前から――」


 こんな真っ暗な場所に、ヒカリが居るのは場違いだ。

 (ミオ)はもう、引き返せない場所まで来てしまった。


 今日から、(ミオ)はこのマフィア――『夜統(ヤトウ)』の一員となった。

 この終灯街(シュトウガイ)の最大の覇権を握っており、赤宴(セキエン)白骸(ハッカイ)灰市(ハイシ)の三つを束ねる巨大な組織だ。

 (ミオ)のボスとなる(リク様)が一つ命じるだけで、この街の平穏など容易く瓦解するだろう。


…ま、平穏なんて砕け散ってるけどね。


 昼間はそれっぽく賑わって、明るいフリをしている街だ。だが、陽が落ちればマフィアと享楽がこの街を支配する。

 大通りを走る高級車は全て各自の組織の所有物で、路地裏は彼らの遊び場だ。


 生きたければ、この街を捨てるか、夜の闇に怯えて閉じ篭っているしかない。

 警察も軍隊もとっくに白旗を上げている。正義のヒーローを気取った連中なんて、この絶望の淵には一人も来やしない。


――そんな泥溜めに、あの人(ヒカリさん)は居る。


「ヒカリさん、ヒカリさん。可哀想に」


 (ミオ)はほくそ笑みながら、窓の外、無邪気に遊ぶ子供達(ヒカリさん)を見つめる。

 あんな眩しい場所に居たら、いつかその光に焼かれてしまうのに。


「おい、そこで何をしてる?」


 背後からの声に振り返ると、そこには眩しい、眩しいヒカリさんが居た。


「ヒカリさん…?」


「誰のことを言っている?」


 銀色の髪に、凍てつくようなアイスブルーの瞳。険しい表情を浮かべたその男性(ヒカリさん)は、(ミオ)の目にだけは、直視できないほど輝いて見えた。


「…貴方ですよ、ヒカリさん」


 (ヒカリさん)の顔が一段と険しくなり、(ミオ)を射殺さんばかりの鋭い眼光で睨みつける。


「私はヒカリではない。――麗夢(レン)だ」


「あれ?違いましたか」


 麗夢(レン)。…そう、それがこの方の本当の名前だ。

 これから(ミオ)の上司となる幹部であり、拷問を専門とする冷酷な男。

 そして三日前、(ミオ)を殺そうとしり、(ミオ)ここ(ヤトウ)に勧誘した張本人でもある。


「違うぞ。…それで、ここ(窓辺)で何をしていたんだ?」


「ヒカリさんを見てたの」


 (ミオ)は、無邪気に遊ぶ子供達(ヒカリさん)の方へ視線を戻した。


「ヒカリって…。はぁ、お前は…」


 麗夢(レン)は、対話を諦めたように深く溜息を吐く。


「ねぇ、ヒカリさんを見てるとね、楽しくなるの。あの中の子供(ヒカリさん)を一人殺したら、みんな、どんな顔をするのかな?親は激怒する?それとも絶望する?急所を外して生かしておいたら、どんな声で泣き叫ぶんだろう」


 内側から、どろりと殺人衝動が湧き上がってくる。

 想像しても、答えは出ない。実際にやってみなければ、本当の悲鳴は聞けないのだから。


「おい。お前(ミオ)は『夜統(ヤトウ)』の所有物(ドレイ)だ。勝手な真似はするなよ」


 向けられたのは、本物の殺意が籠った瞳。


…ああ、やっぱり、殺意っていいよね。


 背中がゾクゾクと震える。体が凍りついたようになっても、(ミオ)は“そういう(殺意が籠った)瞳”が、たまらなく大好きなんだ。


「もう行くぞ」


 背を向けた麗夢(レン)のあとに続きながら、(ミオ)は一歩、深く頷いた。


「分かったよ、ご主人様(レン様)


「…麗夢(レン)と呼べ」


「えー。だって、(ミオ)のことは『夜統(ヤトウ)所有物(ドレイ)』だって言ったじゃん。上司(カイヌシ)(ミオ)とって、立派なご主人様(レン様)だよ?」


 麗夢(レン)は深く、今日何度目かもわからない溜息を吐いた。


「勝手にしろ」


 投げやりな手つきでひらひらと手を振り、彼は歩みを速める。


…ふふ。冗談だったのにな。意外と、可愛い(レン様)


 (ミオ)は口元を抑えてクスリと笑う。

 (レン様)がどこへ向かっているのか、何をさせようとしているのか。

 そんなことはどうでもいい。ただ、その広い背中を追うことに決めた。

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