表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

3話

 目を覚ますと、寮に居た。

 昨日の記憶は、ひどく熱を帯びたまま曖昧だ。


『デリート・メモリーを再開します』


 …脳の奥で、そんな声がした気がした。

 声に従うように、鮮明だったはずの光景が、端からボロボロと崩れ落ちていく。

 桃髪の女性(ひと)に出会ったこと。名前は…思い出せない。

 鋭い殺意(レン様)苺の瞳(ルミ)、大勢の(ひと)が居たこと。


 それだけを残骸(記憶)として、(ミオ)の昨日は消去された。


「服、どこ…?」


足の踏み場もない床は、知識()記録(書類)脱殻()の墓場だ。

 人間(普通)には『汚部屋』と蔑まれるらしいけれど、(ミオ)にとってはこれくらいの混沌(ノイズ)がちょうどいい。


 服の山をかき分け、昨日の記憶(におい)を探す。

 昔から、自分を着飾ることに興味なんてなかった。

 けれど、ヒカリさん(マスター)が褒めてくれるから。ヒカリさん(マスター)が喜ぶ(お人形)でいたいから。


ヒカリさん(マスター)ヒカリさん(マスター)。…今、貴方はどこで(ミオ)を見ているの?」


 ヒカリさん(マスター)は死んだ。知ってる。この目で見た。

 でも、期待しちゃう。…あれは悪い夢で、本当はヒカリさん(マスター)は生きているって。

 (ミオ)が“いい子”にしていれば、いつか迎えに来てくれるって。


 何千、何万回。ありもしない『もしも』を、(ゴミバコ)の中で反芻している。


 服を見つけ、(ミオ)は着替える。

 適当に、けれど完璧に。(ミオ)の意識とは無関係に、指先(身体)が勝手に髪を整え、(ミオ)は寮を出る。


 ぼんやりとした頭で廊下を歩いていると、向こうから見覚えのある「桃色」が近づいてきた。


「おはよぉ、幹部補佐(シンイリ)さん。昨日は酷い顔してたけど、よく眠れたぁ?」


…誰…?


 この桃色の女性(ひと)、どこかで――。


『照合中……該当データが破損しています』


 思い出そうとするたび、脳の奥で鋭い火花が散る。


「おはよう…」


 (ミオ)が絞り出した(ノイズ)に、桃色の女性(ひと)は面白そうに首を傾げる。


「あれぇ?あたしぃの名前、忘れちゃったぁ?」


 …照合(チェック)はまだ終わらない。

 無機質な肯定としてこくりと頷くと、桃色の女性(ひと)は堪えきれないといった風に吹き出した。


「あっはは! 正直な子、好きだよぉ。あたしぃは月実(ルミ)。そのちっぽけで可愛い頭に、ちゃあんと叩き込んどいてねぇ」


 月実(ルミ)(ミオ)の額を、指先でトントンと優しく、慈しむように叩く。

 吐息が届くほどの距離。(ミオ)の脳内で『接近警報(エラー)』が鳴り響き、反射的に一歩下がってしまった。


「可愛いねぇ。そんな可愛い子には、面白いモノを見せてあげるよぉ」


…逆らえない。彼女(ヴィーナス)の言葉は、まるで甘い毒(呪い)のようだった。

 

 先を歩く月実(ルミ)の背中を、(ミオ)は引き寄せられるように追っていく。

 不意に、彼女(ルミ)の指が(ミオ)の指に絡みついた。驚くほど柔らかく、湿り気を帯びた熱。

 その体温が、(ミオ)の凍りついた思考をじりじりと溶かして、奪っていく。


「あたしぃが、一番好きな景色を見せてあげるよぉ」


…ああ、やっぱり。この人は女神様(ヴィーナス)だ。


 (ミオ)のような玩具(ドレイ)にも、こんなに優しくしてくれる。


 連れて行かれたのは、地下のさらに奥。

 甘ったるい消毒薬の匂いと、腐った鉄のような臭いが混ざり合う場所だった。


「ここは…?」


「ここは、夜統(ヤトウ)で一番、綺麗な『()』が見られる場所ぉ」


 月実(ルミ)が苺のような瞳を細め、実験台(ベッド)で震える(ゴミ)に歩み寄る。

 その手には、見たこともないほど太い注射針が握られていた。


『警告:未知の恐怖を検知。回避行動を…』


 脳内の警告を、(ミオ)は無視した。

 だって、彼女(ヴィーナス)の瞳があまりにも綺麗に輝き始めたから。


「見てて、今からいい声を出してあげるぅ♡」


 銀色の針先が、(ゴミ)の皮膚を裂く。

 その瞬間、世界が(ヒカリ)で塗り潰された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ