第二話 愉快な仲間達?
薄暗く薄汚い部屋には、似つかわしくない笑いがあった。
木のテーブルの上には目一杯の料理。
ヴァイロフは酒瓶を両手に持ち、夕凪は深紅のリンゴを口に入れ、栗色の髪の幼女は静かに塩の香る焼き魚に齧り付き、黒髪の少年は激辛麻婆豆腐を貪り食う。
宴会とはこの事だろう。
「にしてもよぉ、ペトナ!塩かけすぎじゃあないか!塩分過多で死ぬぞ!ヌハッフハッアアァァ!!心はとっくによぉ!!!」
ヴァイロフは、酔い潰れたのか顔を真っ赤にして、茶髪の幼女ペトナにチャチャを入れる。ペトナは、それに慣れているのか軽く往なす。
「うるさよ、飲兵衛爺。まったく、ごめんなさいね、夕凪様。ジジ……ヴァイロフはいつもこうなんですよ。これだから酒飲みは嫌いなんですよ」
ペトナ――見た目こそは只の幼女だが、心はピチピチの15歳。と自称しているが本当かどうかは知りようがない。実際、彼女からは知性と大人らしさを感じる。好物は魚。趣味は似非占い。
「まぁ、カスタロフ人の男ですからね。アル中の飲兵衛だとは思ってましたよ。でも、ここまでヒドイとは……。よく耐えられますね。二人とも」
夕凪は、ペトナと激辛麻婆豆腐の少年に憐れみの視線を向ける。
それに気付いたのか、激辛麻婆豆腐の少年が反応した。
「まあな。付き合いは長いし、俺もよく飲んでたから解る。ヴァイロフはダルい。すげぇのはペトナの方だな」
激辛麻婆豆腐の少年――彼はそう自称している。毎食が激辛麻婆豆腐。素性の全てが謎に包まれた麻婆豆腐少年。好物は言うまでもなく。趣味は激辛麻婆豆腐。ここに居る全員は、彼の事をアーバと呼んでいる。
この愉快極まりない二人との出会いは一日前、昨日に遡る。
そう。夕凪がこのボロく不気味な建物に入ったあの日だ。と言っても大した出来事は何一つ無く、極めて平和的であった。しかし、不気味な雰囲気の原因は掴めなかったが。
「ちょっ、ヴァイロフ!何してるのよ!やめなさいってば!」
ヴァイロフは、気でも狂ったのか、手に持っていた酒瓶でジャグリングを始めた。それを必死になって止めるペトナ。そんな二人を見つめる夕凪とアーバ。
ペトナに叱られたヴァイロフは気付けばソファーで寝いてた。
夕凪は、「酒飲みは分からんな」と声を漏らした。
幸せが充満する部屋に一つの種が落ちた。
ふとアーバが不安気味に声を上げる。
「なぁ、何か聞こえなかったか?変な声、呻く様な声だ。ちょっと見てくるよ。すぐ戻るさ」
アーバは迷い無く部屋から出ていった。
しかし、ペトナと夕凪は変な声など一つも聞こえなかった。強いて言うならば、ヴァイロフの汚いいびきぐらいだ。
されど、ペトナも何かを感じたように身を震わせ、ヴァイロフの頬を力を強くビンタする。が、効果は無かった。ペトナはヴァイロフを諦めて近くにあった魔導書を手に取る。
嫌な予感が湧き出てくる。身を内側から切り裂く様な不快感共に。
夕凪はこの不快感に覚えがあった。それもつい最近のもの。
二人は恐る恐る顔を合わせ、頷く。
そう。部屋を出てアーバを追いかける事にしたのだ。
※※※
外は既に日が落ちようとしていて、空は薄い紫色に染まっている。
アーバは、一人外に出て路地裏を見回す。
――何もない。
――だが声はする。
筆舌に尽くし難い違和感がアーバを包み込む。身体が重くなる。流石のアーバでもこの違和感を無視できなかった。
「一度戻るか――」
アーバが中に戻ろうとしたその時、大通りに面する道の奥に居る異様な人影が目に入る。明らかにまともじゃない人影。
それと目があった。
その刹那、襲い掛かるのは凄まじい悪寒。
全身の筋肉に骨、臓器、その全てが凍りつく感覚。
「ま………まずい。はや……く逃げ………ないと、し……ぬ…………。はやく」
アーバは、その場に倒れ込むも必死に冷たい筋肉を動かし、皆の待つ建物へと向かう。
冷や汗と動悸が止まらない。
身体がどんどん重く、冷たくなっていく。
アーバは、静かに運命を受け入れようと目を閉じた。
その時だった。
「アーバ。何処に居るの?返事をしなさい!アーバ!」
ペトナの幼いながらも力強い声が、アーバの耳に入る。
相も変わらずうるさい声。
それは救済、救いの声だった。
アーバは再び目を開けて動き出す。
鉛のように重たい身体に鞭を打つ。
限界だと筋肉が、骨が、臓器が叫ぶ。
甲高い悲鳴と呻き声が身体の中から響く。
しかし、それらはアーバの生きると言う意思の前には取るに足らない邪念、雑音でしかなかった。
そして、アーバの瞳に夕凪の姿が映る。
それはアーバにとって勝利と生還を意味した。
夕凪は、地べたに這いつくばるアーバを見るや否や迷い無く駆け出し、傍へと向かう。
途端に身体が軽くなると同時に、強い眠気が襲い来る。
――これも人影からの攻撃か。
――それとも疲れているのか。
アーバは、原因を探ろうとするも眠気に抵抗できず、その場で瞼を閉じた。
※※※
先程まで笑いと幸福、料理の匂いに包まれていた部屋は、今や重苦しさだげになっている。
小さなランプの薄明かりが部屋を弱々しく照らす。
「人影……ねぇ。私が来たときには見えなかったよ。けど、不快感は確かにあった。何なんだろうね、本当に」
夕凪は神妙な面持ちで、アーバの語った出来事に反応する。
日はとっくの昔に越していた。
アーバは、目覚めて直ぐに皆を集めて事情を説明した。しかし、彼自身が見た事は少なく、正確さも欠けていた。だが、三人は彼を責めること無く、真剣に聴いていた。
「ただの魔法使い、って訳じゃなさそうね。魔術師の類い……でも、そんなのが直接手を出すかしら。それに、夕凪様に見えなかった。うーん、ワタシも外に出るべきだったわ。ワタシ、怖気付いちゃった」
ペトナは俯き、小刻みに震え始める。
ヴァイロフは、何も言わずにペトナの背を擦る。
ヴァイロフとペトナは、付き合いがかなり長いらしく一緒に暮らしてた。アーバは、元々は夕凪と同じく旅人でペトナに誘われて此処に来たという。
身寄りのない生活はカスタロフでは死を意味する。その為、貧困者は群れを成すことで生き延びてきた。いつしかその群れはムーサルと呼ばれるようになった。
「魔術師?」
夕凪は静かにペトナの方を向き、訊く。
「なんだ、知らないのか。魔術師は簡単に言うと魔法使いの上だな。魔法使いの上位1%がそう呼ばれてる。何でも、魔術師は己に権能とか言う魔術を組み込んでいるらしい。オレ達には想像すら出来ないような魔術をな」
ヴァイロフが粛々と説明する。
続けて、
「すまないな、皆。オレが飲んでなかったらこうはならなかったのにな。すまん」
と、謝罪をして頭を下げた。
ヴァイロフは罪悪感を覚えやすく、直ぐに謝る癖がある。だが、今回の謝罪は違った。心の奥底から出てきたものだった。
そんな謝罪を受けたアーバは、少しの間俯き、顔を上げる。
アーバは決断を下した。
「俺、アイツを追う。調べたいんだ。アイツが何者かを。それに、売られた喧嘩は買うしかない。俺はそう教わった。ごめんな、皆。俺一人で行くよ。皆を巻き込みたくない」
アーバは部屋を出ていこうと立ち上がり、歩き始める。しかし、その歩みはペトナの一言で直ぐに止まる。
「何言っているの?ワタシ達はもう家族よ。ワタシはね、あんたをカワイイ息子のように思っているのよ。そんな息子を一人で行かせるような事は出来ないわ」
それと同時にヴァイロフと夕凪は、アーバの顔を見つめる。二人の視線は、アーバと同じく決意に満ちている。
こうして、あの人影を追う旅が始まりを告げた。




