第一話 旅の始まり
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風の強い曇り空の夜。
雲は紅く染まり、大地は火と死、汚染の海と化した。メルググラードの街は文字通り壊滅し、廃墟と瓦礫、酷く欠損した死体で埋め尽くされている。
そんな悲惨の一言に尽きる場所に独りの少女の姿があった。彼女の純白の長髪とコートは火の粉を含む風に靡かれ、街だったものをなにも言わず、ただ静に眺めている。聞こえるのは風とバチバチと燃え盛る火の音だけ。火の海、街の中心に聳え立つ煉瓦造りの時計塔が轟音と共に崩れ、跡形もなく消え去った。時計塔は街の象徴だった。それが今、消えた。
数世紀に及び繁栄したこのメルググラードの街は、たった一夜、たった数時間、たった一人の魔術師の手により壊滅したのだ。
少女は、火の色に染まった雲を見上げる。
彼女の瞳は、夕日の様な茜色。左目を覆う様に顔に張り付くのは鉄製の眼帯。
真っ白な顔は、雲と同じく火の色に染まっている。しかし、顔は絶望ではなく希望に染まっていた。
「灰虚よ、何故です?何故このような選択を?まぁ、いいですよ!貴殿らに問うても意味の無いことなのでしょう!?」
少女は、空に両手を伸ばし高らかに問う。
答えは返ってこない。
風がより一層強まり、火炎は津波の様に振る舞い、廃墟を呑む。辺りには割れたガラスが散乱し炎に照らされて光る。数多の死体が焦げ、塵と化し、舞って逝く。
まさに地獄、地上の地獄だ。
そんな地獄の真上、紅く光る雲の下に、一つの影があった。突如として現れたそれは、狂気に満ちた声を上げる。
「かの大都市は今、地獄となりました。これが貴方様の望みとならば、応えましょう。えぇ、応えて魅せますとも!数多の贄を捧げ、今、ここに、天下無限戦争を!!」
少女は、それを曇りなき眼で直視し、こう返した。
「天下無限戦争!いいでしょう、そうしましょう!貴様と私、どっちが先に生ゴミと化すか賭けようじゃないか!」
少女は、魔法らしきモノで禍々しい杖を造り出した。それは慣れた手付き、一瞬の出来事だった。
影も負けじと、巨大な槍を魔法で造り出し、宙に浮かせた。
※※※
「間も無くメルググラード、メルググラードです。お忘れモノの無いようにお願い致します―――」
豪華で無駄な装飾の施された列車の客室。
そこになり響く感情を感じられない放送。
窓の外に広がるのは野原。春の陽気な陽射しを浴びて育つ草木と放牧された牛。そんな長閑過ぎる野原を少女は視ていた。
彼女の名は夕凪 明里。
齢は17あたり、純白の長髪、茜色の瞳。雪の様に白い肌に幼さのある美貌。茶色と白の丈の長いスカートに、真っ白なブラウス、漆黒のロングブーツを身に付けている。
まさに美少女の類いだ。
夕凪は、移り変わる景色を眺めては眠る。そんな旅を続けていた。
3日間に及ぶ列車での移動を終え、目的地へと着こうとしている。
母国である桜ノ神を出て早4日。
夕凪の人生を賭けた長い旅。それの最初を飾るのはカスタロフ連邦のメルググラード市だ。同市は、魔法と科学、どちらもバランス良く発展していて、他では見られない街並みが歴史と共に造られている。
そんな旅の始まりを告げるに相応しいメルググラードの郊外が見え始めた。
何処か古めかしい家々が建ち並び、人と畜魔物が生活を営んでいる。春の陽射しがそれらを燦然と輝かせ、強調している。
夕凪は、外の景色に気を取られ、音もなく近付いてくる少女に気が付かなかった。
ピンク髪をツインテールにし、上品さと可愛らしさが同居するエプロンドレスを着ている。歳は17程。夕凪と同い年かそれに近い。右耳には、お世辞にも洒落たとは言えないピアスを着けている。
「あっ!ねぇ、久し振りだね。覚えてる?ウチだよ、ウチ!エクーネ、覚えてない?」
エクーネは、そう言うと夕凪の隣に座り込む。躊躇い無く座るエクーネに夕凪は少しばかり違和感を覚えた。それだけではない。何処の馬の骨とも知らない女が堂々と声をかけてきたのだ。夕凪にとってこれは警戒すべき出来事であった。
「誰です?私はエクーネなんて人は知りませんが……人違いでは?」
夕凪は、エクーネの足先から頭部の天辺に至るまで視野に入れて言う。
それと同時に夕凪の顔が微かに曇る。
何故なら、彼女にとってあまり良いモノとは言えない代物をエクーネがピアスとして身に付けていたからだ。それは形容し難い形の魔道具で、捻れて曲がり、歪み、それらが複雑に絡み合っている。一般人が直視しようものなら身体·精神共に悪影響を与える呪物そのものだ。
エクーネは、夕凪の視線がピアスに向かっていると気付くと、強調するように弄い始める。その手付きは、気味の悪さと妖艶さが共存している。
「なんです?その手付き。まさか……貴方、淫魔の類いです?もし、そうなら私とは相性最悪だと思いますが……」
「あらっ、バレちゃったか~!仕方ないよねぇ――」
エクーネは、夕凪の耳元で囁く。
「――お前を必ず、絶対に、この手で、この脚で殺してやるよ」
その声には怨念や呪い、恨みが込められていた。
エクーネは、そう言い残し夕凪の側から離れ、客室を後にした。
(殺す……ねぇ。エクーネ、面倒なタイプの奴だね。警戒しなきゃ)
夕凪は、そう心の中で呟き、降車の準備を始めた。
※※※
メルググラード中央駅 三階中央テラス
ガラス張りのテラスからは、メルググラードの摩天楼とその間にある広場を一望することが出来る。郊外とは打って変わり、近代的な建築に豪勢な服装の紳士淑女、薄汚れた服を着た少年らが目に入る。広場は美しい。しかし、路地裏に目をやると、不衛生を極めた貧困街が静に佇んでいる。労働者階級と資本家階級の差が明らかに出ている。
夕凪は、何も言わずに広場を見つめていると突如、尻を何者かに触られた。吟味するような手付きだ。
彼女は、焦ったように振り向く。
背後には、中年で小肥りの男が右腕を伸ばしていた。
頭部は清々しい程に禿げ、左腕は機械仕掛け、元の色が分からない程に黄色く変色した薄いシャツを着ている。皮膚はお察しの通り、見事に黄ばんでおり、皮脂はテカテカ。 見るからに貧困層の人間だ。
男は、腕を引っ込めて言う。
「おぉ!嬢ちゃんや、旅の人かな?ここじゃあ見ない顔だ!別嬪さんとはこの事だな!ヘヘッ!嬢ちゃんには特別に良いことを教えてやるよぉ!着いてきな」
男は言い終わると同時に夕凪の細い腕を掴む。強い力とは言えないが、夕凪にとって十分に脅威となりうる。
「何処に行こうと言うのです?私は望んでませんが!うーん、どうしたら……」
夕凪は抵抗を半ば諦め、男に引っ張られて行った。
※※※
メルググラード西部地区 無名の路地裏
薄暗く悪臭が漂う路地裏にヴァイロフと名乗った男と夕凪の姿があった。意外にもヴァイロフは、常識人かつこの世界では珍しいタイプの人間だったため、夕凪はすぐに心を開くことが出来た。決して夕凪がチョロい訳ではない、はず。
ヴァイロフはカスタロフ人とはかけ離れている。飲兵衛ではあるものの体格、性格、魔力量共にカスタロフの強靭な男とは言えない。体格は小肥り、性格は極めて温厚、魔力量はカスタロフ人男性の平均以下。
魔力――それはこの世界に存在する力。
魔力は何処にでも存在しており、生物は魔力を利用して生き延びてきた。しかし、魔力は万能という訳ではない。そこで人類は科学を付け足した。万能ではない魔力と万能ではない科学、それらを融合させることで今を生きている。
人類は、魔力を使う行為を魔法と、魔法を使う人含む知的生命体を魔法使いと定義した。
「淫魔ねぇ、夕凪ちゃんは変な奴を引き寄せる能力でもあるのかねぇ。にしても初対面で殺すか、面白い奴だな!」
ヴァイロフが元気そうに声を上げ、両腕を組む。日光が彼の頭を照らす。
「ええ!そうなんですよ!気ちがいかと思いましたよ。今度会ったらわからせてやりますよ。生憎、アレが何処で降りたか分からないのが……でも、近々会う気がするんです」
「おいおい、かわいい嬢ちゃんが気ちがいとか言うのかよ……桜ノ神の民は口が悪い、本当だったんだな……なんかショックだ」
「私的には、カスタロフ人の方が……って思ってましたよ。あっ、後、桜の民で良いですよ。長いでしょ、私は気にしたことなんて無いですから。気にするのは老害ぐらいですよ」
「おう、わかった。いや助かったぜ!毎回毎回、桜ノ神の民なんて言ってられんからな。おっ、着いたぞ!ここが目的地だ」
ヴァイロフは、薄汚れた建物の前で立ち止まり、指を指した。
不気味な雰囲気を醸し出す建物に夕凪は立ち竦み、「ひっ」っと声を漏らす。
元来、夕凪は心霊系やドッキリ系が心底苦手で、この建物は心霊系そのものだった。
しかし、それだけではない。夕凪は、何かを感じたのだ。それは恐怖と絶望の類い。過去に経験した何かが脳裏に過る。
「どうした?夕凪ちゃんや。怖いのか?」
ヴァイロフが夕凪の顔を見る。
「いえ、いいえ、大丈夫ですよ……ええ、大丈夫です……ハッハハ」
夕凪の声は、誰が聞いても異常を感じる程に震えている。無論、ヴァイロフも察し、脳内で呟く。
(やっぱり、オレとは格が違う……こりゃ当たりどころじゃなかったな)
夕凪は自分で頬を何度か叩き、深呼吸をする。ヴァイロフは、そんな彼女の精神統一を見て感心している。
夕凪は、覚悟を決め腹から声を出す。
「よし!入りましょうか、ここに!」
二人は、不気味なオーラを放つ建物に脚を踏み入れた。




