第十六・五話 あなたの観る世界は、
幸福とは、何だろうか。
それは、難しい問だ。
生命に、価値はあるのだろうか。
それも、難しい問だ。
なら、答えなくてよいのでは?
何も考えずに、お気楽に、頭を空っぽのにして生きていけばいいじゃないか!難しい問、気難しいヒト、面倒臭い仕事、何もかも捨てて、生きていけばいいじゃないか!
そうだ。そうだとも。
でも、この世界では、そうとはいかない。
何もしなかったら、生きていけない。回りから疎まれて、捨てられて、独り惨めに生きて、死ぬ。
なら、他の世界では?
ここよりも遥かに"マシ"な世界。空想世界。まだ四つに分かたれる前の楽園に、一人のヒト?が現れた。彼は、何も解らない様子で草原を越えて、荒れ果てた獣道に沿って歩き、何も無い海辺へと辿り着く。今度は、そこを沿って、山を越え、森を抜け、理想の街に脚を踏み入れた。
そして、彼は、認めたくもない事実を、ここで知る。自分達がどうやって産まれたのか、何処からやって来たのかを――――。
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笑いの絶えない大通り。
異国情緒あふれる街並みに、ヒトの顔つき。聞き慣れない言語も混じっている。そして、それらを分け隔てなく見守る青空。悪と言える概念は無く、全てが善き行いに則って暮らしている。でも、
「…………うん?」
そんな大通りを歩いていると、一人の幼い子供と出会う。服は萎れ、みすぼらしい。黒の髪も手入れなどされておらず、フケや汚れがこびりついている。だが、瞳は、一切の汚れなく輝く宝石が如く。
性別さえ判らないその子は、何か言いたげにあなたを見つめる。
「どうした?そんな格好して……」
この街には、相応しくない装い。頭には、異形の髪飾りをあしらっている。
「あ、あのね。わたしね、あ、ううう………」
近くで見ると、この子の異常さがわかる。とにかく痩せ細っている。でも、近くで見ないとわからない。あなたは、目と鼻の先で見て、ようやくわかった。
何より、明らかにおかしいこの子に、誰もが見向きもしない事も、おかしい事だ。美しい街並みを汚す唯一の悪、であるのだから。排除すべき悪であるのだから。
「わ、わたし………か、あ―――」
子供の言うことに耳を傾けるがあまり、あなたは背後から迫る人波にさらわれてしまう。そして、その子とは別れてしまった。
「なんだろうな、あれ。懐かしい、って感じだったが……」
懐かしさ。あなたの心に、一つの灯火が宿る。欠けていたもの。今のあなたに、必要なもの。
「にしても、ここは何処だ?ったく!」
不可抗力な波に身を委ねた結果、大通りを外れ、比較的綺麗な小道に入ってしまった。多少の汚れはあるものの、他の地域とは明らかに違う。何しろ、浮浪者の姿が見当たらない。害虫も害獣も、害人も居ない。それだけで十分綺麗だ。
「とりま、引き返すか」
あなたは、元居た場所へ戻るべく、振り返る。だが、すぐに気付く。
「――――は?」
視界に広がるのは異国ではなく、地元の街並み。馬がヒトに引かれ、袴を着て刀を携える男らが練り歩く大通り。娼婦らが屯する小さな宿に、らじおと言うまるで魔法の様な喋る機械が展示されている店等々が正面にある。
「…………」
理解が出来ない。
先程まで居たのは、異国の地。
今いるのは、故郷の過去。
「…………はぁ、もういいや」
理解が追い付かず、溜め息をついて、諦める。変に頭を働かしては疲れるだけ。だが、これは勝手に出てきたもの、本音ではない。
こんな場所で立ち止まってはいられない。一刻も早くここから脱出し、エヴォイの元へ戻らなければならない。
それ故、諦める、と言う概念は元より持ち合わせていない。
「……?でもここ、見たことがあるような……」
見覚えのある、道。
賑わいと活気は、先程居た場所に劣るが、心の底から安らげる場所。
あなたは小道から大通りへと出て、辺りを見回す。桜ノ神の昔の街並みで間違いない。しかし、何かが多い。
「――――っ!なんだよ、これ」
違和感の正体は、空にあった。
長細い雲があばら骨の様に並び、その隙間から覗く大きな瞳。遥か遠くから此方を視ているそれは、微かな赤みを帯びている。途方もなく巨大な瞳。あなたは、あることに気付く。
「これ、姉さんの目、だ。間違いない。ああ、そうだ!姉さんの、瞳だ」
あなたは、目を限界まで見開き、空に浮かぶ眼球を直視する。すると背後から、声をかけられる。
「あ、あのう。気付きましたね、よかった」
「――!お前は!さっきの、子供か」
声の主は、先程出逢った子供であった。だが、この子も何かがおかしい。さっきまで一切感じ取れなかった威圧感、それがある。
この子は、髪を弄いながらあなたに問う。
「奏さんは、幸せって何だと思いますか?」
回答に困る問に、あなたは僅かながら考え、ふと浮かんだ言葉を、無意識に口から吐き出す。
「嬉しい事、だな」
「嬉しい事、ですか。何故ですか?何故!?」
過剰ともとれる反応に狼狽えながらも、あなたは、取るに足らない理由を述べる。もちろん。この子供の満足の行く理由であるかは別として。
「俺は、姉さんが笑っている時が好きだ。それは俺にとって嬉しい事だからだ。俺はそれで幸せになれるから」
「そうですか、そうですか。ええ、とっても素晴らしい答えですね!嬉しい事が幸せ、ええ。ええそうですとも!奏さんはトンチキですね!」
子供は突如笑い出し、地べたを転がり回る。何かに取り憑かれた様な急変。けど、回りからの反応は、依然無い。不気味な子供は、そうして続ける。
「ああ、面白い面白い!わたしは今、幸せですよええ!とっても幸せです!」
あまりの変わり様に、あなたは怯む。けど、もっと恐ろしい事に今更気付く。遅かった。もっと早く、気付くべきだった。
「―――ちっ!気違い、め………な、なんで俺の名前を知ってるんだッ?お前……」
あなたは、襲い来る恐怖のあまり、たじろいでしまう。小さく後ろに足を、目を大きくして―――。
「ああ。そうだね。わたしについて何も知らなかった。だ、か、ら、あんなふざけた事を言ったんだね。よしよし、許してあげるよ―――」
子供、いや、それは、あなたの前へと歩み寄り、容赦なく詰め寄る。それから感じ取れるのは、怒りではなく呆れ。心底呆れているのか、口調から威勢は消えている。
それは、あなたの胸元を掴み、続ける。
「わたしはね………へへっ。まだ早いか。そうだね、まだ早い。早すぎる。奏、いや、貴様には是非見てもらいたい素敵な場所がある。その後に全部答えてあげるよ―――」
「―――――!お前!」
あなたは、薄れ行くそれに掴みかかろうと手を伸ばす。でも、ほんのちょっぴり遅かった。指が触れる瞬間、それは消え去ってしまう。不敵な笑みを、憎たらしい笑みを浮かべながら。
「ああ、くそ!あっ」
また、世界が変わる。
また、目の前に広がる世界が裏返る。
魔力の存在しない世界が、表に生えてくる。
新しい世界が創られて、あなたは無に臥せる。
そして、視界がぼやけて、意識が薄れて、あなたは眠りにつく。深くはないけど浅くもない。中途半端な眠りに。
次、あなたが立ち寄る世界は、此処よりもっと素敵な場所。そして、知りたくもない、認めたくもない、暗い真実を告げられる場所。きっとあなたは、最愛の姉の嫌な本性を知る。どこまでも残忍で薄情で冷酷で卑劣な姉の、本性を。
けど、あなたの観る世界は、此方からでは観測出来ない。ここから先は、誰も知らない。奏しか観れない世界。一足先に奏は、事の真実と、父親たちが企んでいた叛逆を、その目に焼き付けるでしょう―――――。




