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こんな世界で再出発なんて  作者: 作者の友人氏
第一章 絶滅群島·カスタロフ
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第十五話 探査の果てに拝むもの

「なあ、ペトナ。何だか嫌な予感がするんだよな。なんつぅーか、こう、悪寒?」


「………奇遇ね。ワタシもよ。嫌なものね―――」


 街の中央に聳え立つ摩天楼群。

 その一つを担う高楼の屋上から北部地区全体を覆い尽くす白霧の本質、その全てを解き明かすべく陣を構えるヴァイロフとペトナ。


 奏が探査を引き受けた事でヴァイロフは北部地区から湧き出る翼竜の対処、ペトナは白霧の詳細を魔法での調査に専念できている。


 だが、この二人は、まだ気付いていない。

 最も危険な人物。もとい淫魔が遥か遠方から狙いを定めていることなど。


 彼ら全員が、淫魔(サキュバス)エクーネは長距離攻撃を持たない。と、いつからかそう思い込んでいた。


 これは、只の思い込みではない。

 これは、只の推測ではない。

 そう思い込むように仕込まれていた、時限式の洗脳だ。


「――――ッ!ヴァイロフ!」


 突如、遠方から生じる魔力を感じ取ったペトナが結界を展開する。


「くそ!翼竜共、攻撃してきやがる!」 


 連携しているかのように、翼竜たちの口から火球が放たれる。しかし、幸いな事に命中精度は残念なもので、放たれた火球の殆どが手前に建ち並ぶ高楼に直撃する。それによって立ち上る黒煙が、更に翼竜たちの攻撃精度を下げる。もはや当てずっぽうとも取れる攻撃に、一抹の安心を得られた二人。だが、問題はその後ろにある。


「嘘、どんどん出力が上がってる。このままだとこの建物自体が崩される!」


 ペトナの長い生涯。その中でも、類をみない異常な魔力出力。『これは只の攻撃じゃない』そう思わざるを得ない。必ず殺す。隠す気の無い、明確で凶悪な殺意。それがペトナの心理に影を落とす。


「―――ちっ!精神攻撃もセット!?ヴァイロフ、あんたは大丈夫かしら?」


 咄嗟にヴァイロフに視線を配る。既に彼は、奏から託された()を手にしている。


 どんな魔法も防ぎきる魔術が組み込まれた竹傘。だがしかし、精神攻撃魔法がその対象なのかすっかり訊き忘れていた。


「ペトナ!オレは大丈夫だ!ふん!サキュバス如きの精神攻撃なんぞ幾度となく喰らったさ!」


「………ヴァイロフ」


 本性をさらけ出すヴァイロフ。今まで頑なにサキュバスなどと口にはしてこなかった。その為、ペトナは直感で気付いた。ヴァイロフも、()()()を直に喰らっていることに。


「ヴァイロフ。この魔力、異常よ。異常!規格外の魔力出自に質よ!直接魔力炉から貰ってるのと同じ!それどころか、魔力炉そのものよ!」


 身の毛のよだつ、魔力の反応。

 ペトナは、独り思案に耽る。それが、罠だと知らずに。

 

『この結界でどれだけ耐えられるか。もって10数秒ってとこね……………』

『………………』 

『………………………………』

『………………………………………エヴォイなら?奏、なら?多分きっと、この傘なら耐えられる。けど、身体が持たない、耐えられない』

『………………でも、こんな処で、終わりたくはない。此処まで来たのに。…………でも、こんなに頑張ったのに、これっぽっち。きっと、無意味だったのよ。そうよ、そう』

『………………………………………………』

『………駄目。もっとしっかりしなきゃ………けど、きっと、ダメ』

『………………ぅぅうう、出ていって!こんな暗くて気味の悪い、感情なんて!出ていって!』


 次第に闇に引き込まれる。

 一筋の希望が見えては、深い闇に落とされる。()()()は、そうプログラムされている。どんなに絶望的な盤面でも、一筋の光さえあれば覆せる。どんなに低い確率でも、奇跡が起きる。幾度となく見てきた逆転劇。だが、その奇跡さえも闇に、影に変える。奇跡に頼った勝利など、有り得ないのだから。

王道と謳われる勝利など、認められていないのだから。


『……………………………………』

『気持ち悪い。気持ち悪い。嫌だ嫌だ嫌だ。』


 気分が下がる。

 深い孔に落ちて行く。

 深淵から生えてくる無数の腕が、身体も心も掴んで離さない。理性が剥がされ、本能が剥き出しになる。


『一筋の光などと言う救済は存在しない。一握りの奇跡は戯れ言だ』

 

 ふと過る心無い言葉。

 けれど、そんなつまらない事、認めたくはない。認めない。

 どんなに酷く辛い時でも、確かに光はあった。その光だけを追い求めて(もが)いた。そして、今がある。光に満ちた今がある。だから、


『違う!違う。ワタシは、何度も、奇跡に助けられた!どんな苦難の壁に当たっても、どんなに暗い気持ちになっても、光を目指した!』

『今更否定されても!今更認められなくても!ワタシはワタシの光を探す!探しだして魅せる!』

『呪いなんかに、洗脳なんかに、今更負けてなんて居られない!……………………でも……』


 けれど、まだ沈む。

 底無しの不安と質の悪い憂鬱感が、心を離さない。


『ワタシが、弱いから?嫌なことから逃げ出したから?だって、嫌なものは嫌。嫌いなことは嫌い。無理して克服する価値も無い。周りからの視線が怖い。きっとこれも、罰よ。ワタシは罰を受けるべきヒトなんだから』


 師からの期待を裏切り、共に歩んだ姉妹を捨てた。()()()()()()の心配を無下にした。


 罰を喰らうに相応しい罪の数々が、頭の中に羅列される。思い出したくもない記憶の海の中から正確に、そして鮮明に甦る罪業。その再演。

 闇に包まれる。脱け出せない思案空間。


 魔術の道を志した仲間を見捨てて、のうのうと生きる。それが、ペトナの(イド)に根強く残る罪。 忘れたくても忘れられない。自分でも許したくない。けれど、誰かに打ち明けて、許されたい。赦されたい。だから、


『でも、でも、でも、でも、でも、でも……』

『負けたくない。負けたくないの。ワタシのやったことは許されない。けど、でも、必死に贖う。贖って生きたい』


『………そうだ。お前は決して負けていない。もっと足掻け。醜く踠け。周りの目など気にするな。恥をかいてでも勝つのだ。勝った者にしか見られない景色があるのなら、お前はそれを拝むべきだ』


 漆黒に呑まれゆく心に、懐かしい声が届く。

 共に生き、魔術の腕を競い、磨き合った、同期、パフノフ。


『俺は、お前の事を許すさ。このカスタロフの総統が言うのだ。カスタロフの民から選ばれた俺が許すのだ。これは、この国の民の総意。お前は、いつもそうだった。禁忌を侵したから、と言って一方的に対話の窓を閉めた。そして、独りで抱えた。魔術が、権能が、周りが、と他責にしなかったことは褒めてやろう。だが、これも一方的に避けた。それはよろしくない』


 師であったトネルベルからの言い付けを破り、禁忌を侵した。己の魔術権能の限界を知りたい。その一心で、罪を犯した。


『そうだね、ペトナ。俺は、知ってた。いや、今知った』


『アーバ?』

『貴方なの?』


 行方知らずだった、家族の声。

 そして、一筋の光。


『ああ、そうだ。俺、この星の記録を見ちまったからさ。嫌なものだったよ。母さんの今を、見たからさ。俺が何で、激辛麻婆豆腐に取り憑かれているのかも、知っちまった。けどよ、後悔はしてない。俺が望んだからな。んで、ペトナ。これの攻略法も解ったから―――』

『あと、夕凪の事、頼んだぜ。俺はきっと、取り込まれるからさ。魔恐を統べるもの、だってさ。ははっ。ペトナ。今こそ、趣味の似非占い、やっちまいな!宛になら無い事は無い、からな』


『アーバ、何処に居るの?夕凪も』


 今訊くべきではないが自ずと出てしまう。それがペトナの今の願い。この戦いは、元よりこの二人を探すためのもの。目的も知らない連中に襲われたから戦う。それだけの事。望んだことではない。出来るなら、二人の居場所を掴んで、一直線に向かいたい。だから―――。

 

『ははっ。やっと"様"、外したじゃないか。俺は、もう居ないさ。夕凪の元に逝くだけ。そうだな肝心の夕凪は―――――』


「―――――い!おい、ペトナ!」


 ヴァイロフの声。ヴァイロフの不安に満ちた声がする。

 闇が少しずつ薄くなっていく。一筋の光ではなく、光そのものがペトナを覆う。そこに深淵は無く、希望に満ちた階段がある。


『ああ。起きなきゃ。ありがと、アーバ。ごめんね、ごめんなさいパフノフ。貴方の事、忘れないから』


 何故だろう、身体が軽い。今まで背負ってきた罪業から、罪悪感から解放されたのだろう。うん。後は奴らを止めるだけ。そして、夕凪を迎えに行く!


 ペトナは、階段を駆け上がる。

 誰にも負けない速さで駆け抜ける。

 何度も踏み外しても止まらない。体勢を整えず、無我夢中で、不格好によじ登る。


『ヴァイロフが待ってる。夕凪が待ってる。エヴォイが、奏が待ってる」

「その為に、ワタシは―――」


 視界が白に染まる。けれど恐怖は感じない。あるのは只の希望、それだけだ。そうだ。あの魔力の塊に打ち勝ち、超越して、白霧の向こうに眠る夕凪と、家族と再開する。それを以て、罪が清算される。

 外が見える。ヴァイロフの顔が見える。焦りと不安に押し潰されそうな顔が見える。




「―――ごめん、ヴァイロフ。もう大丈夫だから」


 ほんの僅かな時間、微動だにしなかったペトナが口を開く。何処か清々しさを感じるペトナの声に、ヴァイロフの限界にまで張り詰めた精神の糸が瞬時に緩み、絶えず押し寄せる焦燥と不安が消え失せる。


「ペトナ、本当に大丈夫なのか?まぁ一瞬だったから、いいのか?」


 ヴァイロフの問に、頷きで返す。今は、それで十分だと思ったからだ。よく見てみると、ヴァイロフの拳には開いた傘が握られている。それも力強く。決して放さないと感じ取れる程に。


「ははっ、この傘、何にでも効くみたいだな。ほら、見てみろ」


「―――え?」


 振り返ると、張られた結界の外に張り付く淫魔エクーネの姿が見える。あまりの衝撃に、動揺を隠せないペトナ。そして、それを見て笑うヴァイロフ。


「そうだとも。ペトナが動かなかった瞬間、コイツが猛突進してきて、この様だ。傘と結界で十分だったな。はッア!いい気味だ」


「…………えぇ」


「よしっ、ペトナ。このサキュバス野郎をぶちのめして、アーバと夕凪を探しに行こうじゃないか!」


 アーバ。ペトナの頭に残る名前。最後のやり取りを鮮明に覚えている。取り込まれる、と言っていたが、よく解らない。何故、アーバが出てきたのか。何故、パフノフが出てきたのか。まるで解らない。だが、まずは、この淫魔の駆除だ。


「そうね!ボッコボコにしてやるわよ!」


「かかってきなぁあ!!ボスにぃ、あんたらの頭を届けないとイケナイからねぇぇえ!」


 不敵に笑うエクーネ。

 見るからに異常な彼女との、最後の戦いだ。

 ヴァイロフは傘と魔法陣を構え、ペトナは魔導書を喚び、無数の魔術陣を展開する。彼·彼女の顔は既に、覚悟に染まりきっている。


 エクーネの負けずと結界から引き下がり、怪しげな液体の入った小瓶を取り出す。そして躊躇い無く限界まで開いた口に液体を流し込み、飲み干す。空になった小瓶を適当に投げ捨て、戦闘態勢へと移行する。だが、少し様子がおかしい。ぴくぴくと痙攣を起こし、ふらつきながらの構え。何より目を引くのは、歪んだ魔法陣と先程感じた嫌な気配。


「アハハ、ハハハハハハ!!!」


 不気味な奇声を放つエクーネは予備動作無く、ヴァイロフ目掛け突撃、無数の鋭い空間魔法の斬撃を繰り出す。当たれば致命傷は避けられない。


「―――はっ!効かねぇぞぉお!」


 ヴァイロフは咄嗟に閉じた傘で、必殺の斬撃を受け止め、打ち消す。流石のエクーネも予想だにしなかったのか、顔を歪ませ、すぐさまペトナへと距離を詰める。無論、これも予備動作は無く、強引に引っ張られている様な動きだ。


「予想通り!」


 ヴァイロフがダメならペトナを狙う。またはその逆。エクーネの単調な行動を、今のペトナは読んでいる。


 すぐさま迎撃の魔法を唱え放つは、氷と雷の複合魔法。本来なら複雑な手順が必要だが、ペトナの持つ魔道具が、圧倒的な短縮を可能にしている。


「―――ぐぅう!メンドクサッ!」


 エクーネは無理な体勢で迎撃をいなす。彼女の背を極限まで曲げ、後ろへ反らす。迎撃魔法をいなすのではなく、ほんの僅かに空いた隙間を縫っての回避。


「はっ!隙だらけだぁああ!!轟け!」


 ヴァイロフはその隙を逃さない。彼の義手の指先5本から放たれる、小さな針の付いた電極線。その内の2本が、エクーネの露出した内太ももに突き刺さる。そして、流れるは、ヴァイロフお手製の(いかづち)


「ぐっああ!!くっそ!!がぁぁぁあ!」


 大きく痙攣を起こし、その場に倒れ伏せるエクーネ。だが、彼女のイカれた闘志は、依然健在だ。寧ろ、より強くなっている。


 よろめきながらもすぐさま立ち上がり、距離を取る。近接では分が悪いと察したのだろう。

 戦術をがらりと変え、歪みきった魔法陣から見境無く強力な攻撃魔法を繰り出す。雷に氷、炎に空間といった適当に選んでは放っている。その全てが、ペトナへと向かう。


「やはり汚いぞッ!このサキュバス!」


 ヴァイロフは咄嗟に傘を開き、ペトナの前方で、大きく構えを取り、全ての攻撃を受け止める。だが、その際の衝撃は凄まじく、贅肉だらけのヴァイロフの身体は、じりじりと後ろへと押し出される。必死に身体を下げ、全体重を前方へと指向するが、それでも止まることは叶わない。


「―――っヴァイロフ!」


 ペトナが叫ぶと同時に、ヴァイロフの身体が重くり、足が屋上にめり込む。ペトナの重力魔法を使い、漸くして止まることに成功する。そして、すかさず姿勢を整える。


「はぁ、はぁ。助かった、ペトナ」


 息を切らしながら傘を構えるヴァイロフの体重は、既に元に戻っている。


「やっぱり厄介ね、コイツ」


 渾身の攻撃を防がれたエクーネは、面白くなさそうな顔をして、次の一手に出ようとしている。彼女の歪んだ魔法陣からは禍々しい煙が漂い、強烈な腐卵臭を放っている。


「ぎゃはははははぁあ!死ねぇ!死ねぇ!死ねぇえ!!」


 不条理に放たれる極太の濁った魔力光線。本線から細い光線が無数に枝分かれし、ヴァイロフの構える傘に直撃する。


「――――――っぐぅぅぅぇ」


 それは、熾烈極めるもの。

 傘を伝ってくる衝撃と熱、そして汚染がヴァイロフの体力を限界まで削り取る。傘自体は傷一つ無いが、既にヴァイロフの肉体は限界の悲鳴を上げている。

 しかも、これは只の悲鳴ではない。全身の骨は軋み、臓器は体内でぐちゃぐちゃに揺れ動き、筋肉の筋は音を立てて千切れていく。

 呼吸さえままならない状況下で出てくるは嗚咽。

 

 それどころか、分岐した光線は円を描くように歪曲し、ヴァイロフの後ろで支援を試みるペトナへと迫る。

 

「ぺ、ペトナァア!!」

 

 この瞬間、ヴァイロフは胃液をぶちまけ、全身から力が抜かれたように、その場に倒れる。だが、それでも傘は手放さない。彼には、ペトナを最期の瞬間まで守り抜く使命がある。彼はまだ、力尽きてはいない。


「ヴァイロフ……!」


 倒れたヴァイロフの元にペトナが駆け寄る。その背後からは、無数の光線が迫り来ている。それは、正確にペトナの頭部を捉えており、必中。


「せっかく、此処まで来たのに。せっかく、克服したのに―――」


「いいねぇ!いいよぉお!!さぁっあ、ド派手に死ねぇえぇえ!!死んじゃえええ!!」


 エクーネの勝利は必然であった。どんな奇跡が起きようとも、この結果は覆せない。そう、彼女は信じきっていた。この時までは―――。


「―――は?」


 突如、光線の全てが霧散していく。

 それどころか、エクーネに付与されていた筈の祝福も、魔道具による補強も、消えて無くなっている。


「は?嘘、嘘嘘嘘嘘………ウソだ」


 今までの威勢がウソの様に、その場に膝から崩れ落ちるエクーネ。その顔はひどく窶れ、目からは生気を感じられない。


「何が、あったんだ?」


 瀕死に近いヴァイロフが、今にも消えそうな声でペトナに問い掛ける。彼の生命は風前の灯火である。


「わ、分からない、わ。でも、今がチャンス」


 ピンク頭を激しく掻きむしるエクーネを見て、ペトナは気付かれぬよう攻撃の陣を展開する。なるべく一撃で、それも早く。


 鼓動が極限にまで早まる。甲高い耳鳴り、襲い来る吐き気。動悸と冷や汗が止まらない。だが、此処で、詠唱を止める訳には、いかない。

 きっと、此処で逃すと、後がない。今、殺るしかない。 

 

 絶望の淵に佇むエクーネに狙い澄ますはペトナの魔術。二度と使わないと誓った魔術。それを、今、再び行使する。


「エクーネ!ここで、終わりだぁぁああ!!」

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