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こんな世界で再出発なんて  作者: 作者の友人氏
第一章 絶滅群島·カスタロフ
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第十四話 白霧探査 / 閑話 

 漂泊された世界に、独り残る。

 新たな神を呼び起こす為に。


 この世界は、『此方側(メルト)』と『彼方側(マルト)』の境界線。本来、交わることの無い世界が、互いに極限にまで近付き、融け合う。

 二つの世界が一つになる時。それは新たな秩序に、新たな神、新たな世界に生まれ変わる事。だか、その融合こそが、真の地獄であることを、彼らはまだ知らない。


 男は、その願い、その悲願の為に全てを(なげう)った。数多の犠牲と時間を捧げ、幾度も失敗を重ね、無駄に散っていった転生者達の無念を、彼は覚えていない。既に過ぎ去っていった失敗など、記憶に残す価値すらないのだ。


「………ふむ。母なる演算機(マザーコンピューター)め、面倒なモノを遺す。演算も創造も出来る夢の…………いや、もうどうでもよいか」


 頌忌は独り、漂泊された世界に残る。

 後は、触媒の完成を待つだけ。

 遣った戦士の勝利を待つだけ。

 アンカーの排除だけ。


 迫り来る異国の軍は、既に壊滅した。と、()()()()()()()から報があった。

 残るは、


「魔恐の化身とは、人生は飽きないなぁ!そうだろう?―――」


 誰も居ない。

 返事は無い。

 

 彼は独り、彼方に佇む魔恐の化身を見つめている。無数の黒い手が、腕が、呪いの海から生え、虚空を掴む。その腕の樹海の果て、その中心に、コアと化したスライム状の少年(アーバ)が身を天を穿たんと伸ばしている。


「はッ!何事も突き詰めれば芸術よ!極端な美学よ!」


 上機嫌な頌忌の声が、晩鐘の如く漂泊世界に響き渡る。

 澄んだ大気に爽やかな風。そこに不快さや妨害などは無く、あるのは心地よさのみ。


「翼竜共も行ってしまったからな、寂しいものよ。魔恐を啄んでもがき苦しみ死んでいったからな。低知能には変わり無いが………愛玩にしてはマシな部類であった分、寂しい寂しい」


 南風泊 頌忌。

 彼は既に、古い肉体を捨てた。

 若かりし日の自分。その肉体へと乗り換えている。

 老人の時と比べ、遥かに美形。

 漆黒で艶のある髪に、奈落を連想させる墨色の瞳。シワだらけだった皮膚は張りと白さを取り戻し、僅かに屈曲していた腰は、二足歩行の弊害をも弾き返す強靭なものへとなった。筋骨隆々。とまではいかないものの健康的かつ力強い肉体。

 おおよそ60年の若返り。それ故、頌忌の機嫌と体調は絶好調である。


「轡井!特牛(こっとい)!ヘング!………ジェーモン、悪いな。ワシの、南風泊家の勝ち、だ。フフッ、ガハハハハッ、アーハハハハッ―――――」


 勝ち誇った男の、傲慢な笑い。

 同志―――都合のよい捨て駒の名をあげ連ねる。彼らとは、助け合い蹴落とし合い、驕り合い憎しみ合いの関係だった。一つの目的だけで集った者。深い協力関係は存在せず、協調性も皆無だった。そして、彼らとの関係も、今日で離散となる。なんせ、ファーストである南風泊家が、独り勝ちするのだから―――




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※




――時は、計画実行5日前まで遡る――




 和洋折衷の豪勢な広間の真ん中。そこには巨大な円卓が置かれ、それを囲う四つの人影。


 和やかとはかけ離れた、険悪で陰湿な空気。淀み、重く、息苦しい雰囲気。それに拍車を掛ける金切り声。


「おい、轡井!約束と違うじゃないか!」


 広間の嫌な空気を、若い女の声が凍りつかせる。

 彼女は、何度も円卓を叩き付け、怒鳴り散らかす。若さ故の狂暴さであろう彼女の言動に、腹を立てるは一人の男。


「約束?はて何の事か。(わたくし)らは、条件を提示し、貴女はそれを呑まなかった筈では?まさかとは言いませんが、ね」

 

 中年らしく冷静沈着。怒りに脳が沸騰している間でも、彼は決して口調を崩さず、態度も変えない。

  

「止めんか!轡井、特牛。まったく、当主会議の場でなんと見苦しい事か!」


 あくまで平等かつ対等を掲げる彼らの中で、最も年老いた男が、仲裁へ入る。無論、その一声で場が収まるとは、到底思ってもいないが。


「ハァッ!何馬鹿言ってんの南風泊?今更議長ズラしないで!きっしょっく悪い。―――あぁぁあヤメヤメ。もう止める。あたし、もう帰るから。こんな野蛮で下劣なクソ男共とは一緒に居られませんから!」


 一切の皺の無い軍服に身を包む女は、自身が腰掛けていた椅子を蹴飛ばし、勢いよく広間から出ていく。が、10分程度で再び広間に足を踏み入れる。


「……………」


「すみません、言い過ぎましたね。特牛 保月(こっとい ほづき)殿。どうかお許しを。指を詰める、とまでは行きませんがね」


「いや、すまん。此方も頭に血が登っちまった。はぁ、確かにあの時、あたしは、『百体のホムンクルスなんか無い』って言って断ってた。そりゃそうだよな」


 気まずい雰囲気ながらも和解できた二人を、対面から眺める南風泊 頌忌と、明らかに桜ノ神の出身ではない、恰幅に恵まれた金髪の大男。


 彼らは彼らで、遂に始動する計画について、語り合っている。視線は、沈黙の了解の如く向けずに。


「もう直ぐですね、南風泊さん。いよいよ我らの願いが達成される。さぁ、気を確かに。落ち着くのですよ。例え失敗して釜を破棄せざるを得ない時は、このジェーモンを頼るのですよ」


 大男ジェーモンは翻訳魔法を介して流暢な言葉で、ファーストを飾る頌忌に気を遣う。円卓に肘を突き、逞しく割れた顎に手をあてがうジェーモン。その姿は、まさしく筋肉の妖精。男でさえも一目惚れ、魅了する肉体を持つ彼に南風泊は珍しく信頼を寄せている。


「そうだな。ジェーモン、君には期待しているからな。だが安心したまえ。釜は既に生産の目処が立っている。破棄したところで何の痛手にもならない。無論、君にも与えよう。いくつ欲しい?」


「いえ、そんな。このジェーモン、一つだけでよいのですよ。失敗しても頼れるバックアップがあるのですからね。あっ、そうです。そう言えば南風泊さん。以前仰られていた、隻眼の囚人の調査結果をお伝えしなければと―――」


 ジェーモンの宝石の如く碧色の瞳が、頌忌の濁った黒目を捉える。彼の瞳からは、信頼と情熱、慈愛を痛い程に感じ取れる。この場には不相応な人格者であるジェーモンの言葉に、頌忌は耳を傾ける。


「隻眼の囚人。あれに秘められた力は、とても強大です。元は万能素材でしたが、貴方の手によって行われた改造により、ヒトの精神そのものを造り替える機能も有している。と、ですが、そんな貴重な品を、易々とあの淫魔の彼女に託してもよいのですか?このジェーモン、そこが唯一の懸念点であります」


「なに、何の問題も無い。エクーネにはそれ相応の訓練をさせている。そう簡単に失敗の報を知らせることは、ないだろう。それにな、奴はもう国を出ている。今頃、カスタロフの玄関口に居るだろう。(触媒)はそこを通過せざるを得ないからな」


「そうですか。それなら心配はありませんね」


 頌忌の返答に安堵を見せるジェーモン。浅い溜め息を吐き、頌忌へと視線を向ける。ジェーモンの美しい碧瞳には、可憐で儚く、何処までも強欲なヒトの顔が写し出されている。老けているヒトの顔からは、底無しの欲望と執念を感じ取ることが出来る。


「ところで轡井殿、特牛殿。少しお訊きしたいことが、ありまして………よろしいですか?」


 ジェーモンは対面にてじゃれあう男女に、問う。二人は一言返事で承諾し、ジェーモンからの質疑に耳を澄ませる。


「大したことではないのですがね、御二人とも。………貴殿方は、()()()()()()()()?」


「「―――――!」」


 予想だにしない問いに、二人はあからさまな動揺をみせる。何せ、その問いは、初代から伝わる禁忌に限りなく近しいものだったのだから。その事を、ジェーモン自身も知っている。だが、それでも彼は、この組織について理解をしたかった。メンバーの目指すモノ、その先を理解したかった。


「なんて事を訊く!?言っておきますよ、ジェーモン。(わたくし)は貴方の事を信用してはいません。外人などとは共生も協力も微塵たりとも考えていませんからね。身の程をわきまえなさい、ジェーモン」


 轡井家当主·轡井 冬至(くつわい とうじ)からの返答は、批難の嵐。彼は、元より桜ノ神の民こそが世界の中心と言う考えに染まっている、純粋なレイシストだ。それとは対照的に、


「へぇ、おかしな事を訊くな、ジェーモン。そうだな、あたしは――――」


 特牛 保月は呆れを見せつつも、真面目な答えを返す。が、


「ふっ、ちと早いか。わりぃな、あたしの()はまだ明かせねぇ。まっいつか、ゼロからヒャクまで答えてやるさ。気が済むまでな」




 円卓を囲う四名の人物。

 南風泊 頌忌―――南風泊家当主。

 轡井 冬至―――轡井家当主。

 特牛 保月―――特牛家当主。

 ジェーモン · ヴォーリレン―――ジェーモン家当主代行。


 どの面子も、一流貴族のヒトだ。優れた魔法使いであり、魔術師さえも複数名有する貴族。資金も物資も影響力も、憶測ではあるものの小国のそれと同規模だ。


 それして彼らこそが、この事件の黒幕であり、首謀者側。だが目的こそ同じでも、手段、その過程はまるで違う。穏便に済ませたいと言う意見もあれば、豪快に進めたいと言う意見もある。一枚岩ではなく、複数の小石が寄せ集まっていると同義。いずれ内側から崩れ去るであろう不安定な組織である。




「―――では、本日の会議、もとい交流会はこれにて閉幕といこう。大変有意義な時間であった。次回は………そうだな、二週間後にしよう。その日まで、誰も欠けない事を祈っておくとしよう」


 議長ずらの南風泊 頌忌は、そう言うと、誰よりも早く広間の扉を潜り、姿を眩ます。老体でありながらも、足だけは速い。


「ジェーモン。(わたくし)は、決して貴方を認める事はありません。よろしいですね、以後、私に視線も意識も向けないで頂きたい。何度も言いますがね―――」


 轡井 冬至の嫌がらせを受けてもなお、ジェーモンは怯むことは知らない。それどころか、ジェーモンからすれば、遥かに小柄で小物の冬至など矮小な庶民と変わり無い。 


「そうですか。ですが何度言われようともこのジェーモン、貴方との大切な関係を絶つ気はありません!」


 健気に言い放つジェーモンと最後まで聞かずに広間を後にする冬至。そんな態度の彼に対しても、ジェーモンは何一つ嫌悪を示すことはない。不気味な程に―――。


「相も変わらずだな、ジェーモン伯。貴殿の出自を語れば幾分早いと思いますがね、何故そうしない?」


 そして、独り残ったジェーモンに、語り掛けるモノ。音質の悪いラジオの様な女の声。幼さもあり、同時に逞しくもある声色。


「うん?ああ。あなたでしたか。そうですね、彼が真に心開く時、それこそに価値があるのですよ。一つ二つの、ね―――」




 独りのジェーモンと何処か馴染みある声との密談は、会議よりも長く濃く、そして恐ろしいものだった。ヘング=ヘンズ家二重当主を名乗る女声は、ジェーモン伯にとある提案を提示し、彼はそれを呑んだ。双方に利益があり、双方に有利な提案だった故に、呑んだ。


 決して独り勝ちなど許さない。それが、ジェーモン伯とヘング=ヘンズ家の当主との合意。同じ道を歩む者同士、勝ち逃げは、あり得ない。もし、その時が来れば、円卓を囲うヒトが取って代わるだけの事。




「ふぅぅん。二重の呪い、ですか。なんと末恐ろしい事か。ホムンクルスとは言え、一人の女の子相手に………情け容赦の無い南風泊を表すよい例ですね。自分らで作っておきながら捨てて、今度は殺してでも引き戻す。果たして彼は、ヒトの心と言うモノが欠落、もしくは元より持ち合わせていない欠陥だと言うのでしょうか」


 ジェーモン伯の言葉を最後に、この密談は終を迎える。決して露見する事の無い、完璧かつ封鎖された会議。今後の方針の基礎を、この二人が決めた。

 まず行われるのは、第五列(スパイ)、不穏分子の排除。そして、勝ち逃げの徹底阻止である。

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