十四話 白霧探査 その1
「―――抉り潰せ!ライトニング!!」
メルググラード中央区から北部地区へと放たれる、一条の極太光線。時空さえ歪ませる勢いのそれは、白霧の中に犇めく無数の翼竜の魔物を、情け容赦なく殲滅へと誘う。
「――――っ!クソ、また数が増えたぞ!キリがない、コイツぁ!」
中央地区で最も高く、最も頑丈であろう高楼を陣取るヴァイロフは、自慢の光線を幾ら撃ち込んでも勢い衰えない竜へ苛立ちを露にする。
生存者の避難も終え、エヴォイらの準備も着々と進んでいる状況。地上に残るペトナとヴァイロフは、時間を稼ぐ為に、いずれ障壁と成るであろう竜と北部地区を攻撃し、ヘイトを集中させている。
「魔力はまだあるわ。もっと撃ち込んで!」
半ば固定砲台と化したヴァイロフの隣にペトナは座り、彼に魔力を絶え間なく供給している。
魔力量は膨大だが、広範囲攻撃は向かないペトナと、魔力量は貧弱のそれだが、広範囲攻撃に長けているヴァイロフ。そして、魔力相性は最高の一言。
ヴァイロフの行き場の無い愚痴を、ペトナは軽く受け流し、白霧の観測を続ける。竜が出現したのは、丁度避難民の誘導が完全に終わり、エヴォイにした"とある質問の解"を得た、その時だった。
「うーん、やっぱり百貨店付近から出てきてるね。ヴァイロフ、火力、上げれる?霧を少しでもいいから退かして欲しいんだ。あともうひとつ大きな魔力反応があるの。それも調べないと」
崩落した百貨店、その中から竜と霧が湧き出る、と言うことしか判っていない。霧内部の正確な情報と状況がどうなっているのか、依然不明なままだ。
「注文、承り―――そら喰らえ!ライトニング!!」
今までよりも一際強い威力で放たれる雷の光線。轟音と共に空間を裂く雷は、一直線に白霧を穿ち、大きな穴を空ける。そして、露出するは漂白され、原型なく崩れ去った街並み。かつて、メルググラードの娯楽を担った北部地区。その栄光も繁栄も発展も、見当たらない程に白く染まっている。ある一部を除いて―――。
「なんだ、あれ?まさか………魔恐、なのか?」
純白を穢す濁った黒に、ヴァイロフは腰が抜けたように声を漏らす。無理もない。白紙に墨を乱雑にぶちまけたような世界が広がっているのだから。
「紛れもない呪いの海ね、あれは。でも、何故かしら。懐かしい気配、と言うか………その、アーバ、よね、アレ……」
半年を共に過ごした家族の気配を、ペトナは間違えることは、無い。人型の原型を留めず、漆黒のスライムへと果てた彼を、間違えることは、無い。故に、彼女は辛いのだ。
哀しみと、どうしようの無い無気力さが、絶望が、ペトナの心をキツく絞り、内側から崩しに掛かる。だが、彼女が此処では絶望に屈する程、もう弱くはない。
「きっとそうだろうな。でも大丈夫だ、ペトナ。オレ達は、アーバと夕凪、そしてこの街を、護るために闘うのだ。アーバが、アレに成ってしまった理由も、きっとそれだ。そうに違いない。オレ達の意思は常にひとつだ―――」
ヴァイロフの声掛け。いつもペトナの気が沈む時に行う、彼の癖だ。その癖に、ペトナは幾度となく助けられた。だが、直近、その癖が表に出ることはなかった。理由は、誰にもわからない。人間とは、そういうものだ。
だが、ヴァイロフも、家族当然のアーバがあの様な姿にまで果ててしまったことへの悲しみを、抑えることは出来なかった。でも、彼なりに隠してはいる。平常心を保とうと努力している。何処と無く口調に力が入っていたからだ。
「おーい、エヴォイ!解析はできそうか? あと、準備はどれぐらいだ?」
曇天すれすれの位置で、魔術の準備を黙々と続けるエヴォイに、ヴァイロフが魔法で問い掛ける。刹那、返答が来る。余程誰かと会話をしたいと思っていたようだ。
「準備は、あと20分位じゃっ!余は全身全霊を以て展開準備をしとるのじゃあ!んで、解析じゃがな、余には出来ん!出来そうにない!!ダブルタスクは余には重すぎる!!」
「俺がやる。任せろ」
不意に、奏の声がヴァイロフの頭の中に響く。エヴォイの準備が整うまで身を潜めている奏は、暇で暇で仕方がないのだ。何より、最愛の姉の手掛かりにも成り得るのだから。姉狂いもある程度制御出来ているのだろう、彼は極めて落ち着いている。
「奏か?頼んだ。出来るだけ早く、な。ペトナも解析を始めている」
「………あいよ」
白霧は、既に元に戻っている。ほんの僅かな時間に露出した黒い海の正体と漂白の原因、そして竜の処分。全てがこの二人の手によって暴かれれば、後が多少楽になる筈だ。
「おいおい。また竜が出てきたぞ。今度はなんだ?――――オイ!マジかよ!アイツら外に出れるのか!?にしても派手だな、オイ!」
今まで攻撃の手を緩めずに、間髪入れずに光線を撃ち込んいたが、先の一件で攻撃を忘れていた。その為か、数を増やした竜が霧の中からぞろぞろと姿を表す。色鮮やかな竜も居れば、単色の竜、虹色の竜と、無駄にバラエティに富んでいる。まさしく、カラフルドラゴンズ。
「影に写ってた竜たちね。あんな色だったのね、意外だわ。うーーん、もっとこう、なんというか、翼竜なんだし、ね」
ペトナは、竜の色に気が召さなかったようで、いろいろとケチをつけている。「意外と心は少年だよな、コイツ」とヴァイロフは、聞こえぬように心の奥で呟く。
「………」
分厚い本を召喚して広げ、ぺらぺらと頁を捲るペトナ。どうやら、あの竜らに覚えがあるようだ。
「―――やっぱりね!そうよ、だからよ!」
ペトナは、翼竜について書かれてある頁をヴァイロフに見せて、大雑把ながらに説明する。
「あの翼竜、本体を殺さない限り無尽蔵に湧き出てくるわ。しかも、本体は………ものすっごく大きくて、強い!………みたいよ。ええ、そう。でも、なんで此処に居るのかしら?本来なら南の大陸とか、暑い地域に居る筈なのに、真逆の気候のカスタロフによ?」
成る程。
ヴァイロフの中で、ひとつの答えに辿り着く。
「なぁ、ペトナ。さっきテレポートの跡があるって言ったよな?多分だが、この竜を連れてきた、って事だよな………。きっと」
「そうだと思うわ。ワタシも感じてたから。アレにはね。でも、もしそうなら、竜を連れてくる為の相応な陣と魔力が必要だけど………あるとすれば百貨店の中、よね」
「ああ。明らかにあの爆発と関係してそうだよな。………てか、竜たち、動きがやたら鈍いな。ほら、見てみろ」
ヴァイロフは、そう言って指を指す。
無尽蔵に湧き出る翼竜。確かにそれらは、重苦しさに似たものを感じ取れる。何かが取り憑いている、と言ったところだろう。
「あら、そうね。一生懸命に翼を動かしてるけど、空回りしてる、って感じね」
「そうだよな。特に、ほら、あの金ピカの竜なんて、生まれたての魔物みたいに弱々しいし、かわいいな、なんか――――って、オイ!なんだ、アレ?」
驚嘆に満ちた声を漏らすヴァイロフ。彼には、何かが見えてしまった。ふと、一瞬、視界に写り込んだそれ、明らかに只の魔物ではなく、もっと歪で、禍々しく、より強大な何かが。
「………うん?ワタシには見えなかったけど。何かに居たの?ううん。居たのね、確かに、それは」
ヴァイロフとは、長い付き合いだ。ペトナは、彼がこんな状況下で下らない嘘など吐く筈がない、と分かっている。何より、彼は幾度となく世界の危機を影で救ってきた英雄だと知っている。幾ら遠い過去とは言えど、彼の心にある正義と栄光は、錆て朽ちる事は決して無い。
「………見えなかったのか?かなりヤバそうなヤツだったが」
「ほんとよ。見えなかったわ。でも、信じるわ。だって、あんたがあれ程びっくりするような事、そうそうないでしょ?だかよ、だから信じる」
「そうか。なんか嬉しいな、ありがとよ。………そうだ。エヴォイにも伝えておこう。もしもの為だ―――」
「―――うぅぅうんんライトニングゥゥウ!!」
盛大なタメから放たれる雷。景気よく放たれる轟音。そして、エヴォイの脳内を揺さぶるヴァイロフの意図しない雄叫び。
「ぎゃぁぁぁぅあぁぃごぉぁうお!!シネェェェイイイィ!!ドラァァアゴンがぁぁぁあ!!!」
エヴォイの脳みそは、ヴァイロフに奇声紛いの雄叫びによって、一時的にポンコツにまで成り果ててしまう。
「…………………………」
問答無用で脳を破壊されたエヴォイは、何も言わずに、脳内通信の回線を断ち切った。
雷光線によって生命果てていく翼竜たちと穿たれる白霧。再び露になる白い世界と黒い海。それを黙々と観測するペトナ。
そして、遠く。
遥か遠方からペトナに狙いを定める薄汚れたピンク髪の淫魔がひとり、魔術の陣を展開している。彼女は、今か今かと訪れるであろう攻撃の、奇襲のチャンスを待ち続けている。




