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魔械乱世  作者: 明松沢実
第一章
9/12

05―A


『那羅で相次いだ占拠事件は首謀者の消失により』


『なお放送局は事態について口を噤み続け』


『国内各地で見られる同様の問題に対し委員会は強気の姿勢を』


 遠津による穹窿内の暗躍は芋縁の退場により幕を閉じた。


 短絡的に思われた彼の行動は国内に影響を及ぼし、こと魔導師へ向けた反感は収まりを知らず、各地で抗議活動が活発化している。


「帰りたくねぇよ」


「そう言わないで」


 物事の中心にある魔械省にも民間人が押し寄せており、向かいの通りで規則正しい抗議活動が叫ばれていた。


「学生たちの影響も心配ですね」


「不安を払拭するためにも、堂々と凱旋すればいいのさ」


「何も恥ずべきことはしていない」


 任務からの帰還で庁舎に向かっているのだが、ただでさえ重い足取りに向かい風が吹く。身体の疲労に加えて精神まで疲弊の限界が来てしまいそうだ。

 そんな感情を誤魔化すように空元気を口にするのだが、民間人の不安も尤もだと理解してもいるため足も心も重い。


『魔導師は穹窿から退去せよ』


『魔導師は魔物を宿したケダモノである』


 芋縁が魔人化する様が放映され、目を背けていた現実を見せ付けられた人たちが不安の声を上げている。

 内戦に対する委員会の立ち位置へ疑問を投げ掛け、魔導師への現実を認識させた。世界に拡散された声は、彼の思惑通りなのか。


「このまま行けば、さらに荒れちまうだろうな」


「混乱が混乱を呼ぶ。壁内外の差がどう出るか」


 誰もが多種多様な価値観を持ち、目の前の壁を乗り越える術を見出し、ときに衝突を招くのが文明である。その産物と言える被験体は抗議の声をどう捉えているのか。エミリは推し量るのも憚られた。

 悩ませているだけでは解決しないと部隊が庁舎へ帰還する。投げ掛けられる言葉の数々が胸に刺さるが、受け止めることも魔導師たる者の責務だと痛感しながら門を潜った。




 抗議活動が行われているとはいえ、暴力沙汰に発展しないだけ穹窿内は落ち着きを保っている。目下の問題は壁外。それも辺境の集落にあった。


「また救援要請か。今回も辺境に遠征だとよ」


「このところ魔物が活発になっているのよね。しばらくは続きそうかしら」


 任務から帰還すると任務が始まる。休む間を与えてくれるほど人手は充足していないし、助けを求める声を無視するほど非情ではない。


「大規模な戦闘が起こればそこに多大な感情が生まれてしまう。内戦ということもあり、現状は新たな魔物が生まれやすくなっているんですよ」


「僕たちは淡々と任務を熟していくだけさ。分かっているだろ、レオン」


「ああ」


 話し掛けられてようやく気付いたのか呆けた返事がくる。旅支度に勤しむ部隊は彼の異変へ敏感に反応した。


「ライトもレオンも。やけに気を張り詰めてるらしいが、どうかしたのか」


「なに、次の行き先が僕たちの故郷なんだよ。まあ、僕の生まれは滅びてるけどね」


 魔物の襲撃に救援要請を出したのは、レオンの生まれであり、ライト兄妹を保護したという集落だった。

 先の謝罪からレオンは部隊の一員として揺るぎない存在となっている。あれからも数多くの任務を熟し、寝食を共にしてきた仲間なのだ。だからこそ故郷を憂う彼に、仲間として心配の視線を向けてしまう。


「大丈夫だ。任務の遂行が困難だと判断すれば、自分から申告する」


「親友の尻くらい僕が持つよ。個人的な感情を任務に持ち込みたくはないけど」


「分かったわ。準備が出来次第すぐに出発しましょう」




 壁外を歩くこと一日。山を越え川を渡り、更に山を登った辺境に任務の目的地が見えてくる。

 森の隙間から垣間見える、田畑に囲まれた集落。壁や柵も設けられていないその地域が、ライトとレオンの故郷だった。


「魔物の襲撃ということだったけど、そんな形跡は見当たらなかったわね」


「伊達に辺境で生き残ってないさ。武術に覚えのある者が多く住んでいる」


「だからこそ、救援要請が来たからには余程の事態だと覚悟したものだが」


 道中では魔物の遭遇こそあったが、特質した異変は感じられていない。迷宮の出現情報も寄せられていないので、一時的な襲撃にでも遭ったのかと思ったが、そんな形跡も見られなかった。


「レオン。少し様子を確認してきてくれるかしら」


「了解した。異変があれば端末で連絡する」


 集落へ先行する彼をあとに、他の仲間は集落を刺激しないため目立つ位置で待機する。報連相を徹底できるようになったレオンならば、オサに到着の知らせも出してくれるだろう。


「それなら彼が戻ってくるまて、僕が集落の解説でもしようか」


「おねがい。連絡を取らないことには集落に入るわけにもいかないもの。この場所にとって、わたしたちは部外者だから。たとえ依頼があったとしても、ね」


「壁外で生きる人たちは殊更に警戒心が強いものさ」


「単純な集落なら苦労もしなくて済むんですけどね」


 森林へ警戒を向けながらも、集落への意識を途絶えさせはしない。これは一筋縄では行かないだろうと、エミリは任務が長引く旨を庁舎に伝えた。


「それで。あまり聞きたくはなかったんだが、ここってどんな場所よ」


「事前に共有した情報の通りさ。古くから歴史のある、排他的な集落」


「そこだよ。暮らしてきた身としての印象は」


「歴史と伝統を重んじるあまり、殊更に部外者を拒む傾向にある。僕と妹が保護されたときも、かなり嫌な視線を感じたものさ」


「命の重みに理解がある精強な人たちってとこかね」


「レオンに気を遣ってくれてありがとう」


「まあ、友だちの故郷を悪く言いたくないんで」


「ほえ」


 軽口を叩いているだけなのにライトが素っ頓狂な態度を見せる。是非とも記録しておきたい表情に笑いが込み上げてきた。


「どうしたよ」


「いや、なんでもないさ」


 何もない割に随分と楽しそうに応えてくれる。そんな野郎たちを背後から見る二人も釣られて笑みが溢れていた。


「レオンから連絡よ。集落への立ち入りが許可されたって」


「調査を切り上げて、長へ挨拶に行きましょうか」


「それが、長とは少し二人きりにしてほしいみたいなのよ」


 要請と異なる現場。情報に違わぬ集落。早くも暗雲が立ち込める任務に、前言を撤回すべきか判断に困ってしまう。


「それなら、まずは僕の家においでよ。実を言うと妹に会いたくて仕方ないんだ」


「調査も外に限った話じゃないしな。現場と交流するとしよう」




 外縁から抜け出し田畑を横切って木造の家屋が立ち並ぶ区域へ踏み入れる。小高い丘に建つ屋敷が長の住まいと相場が決まっているので、そこは避けつつライトの案内に従っていった。


「あぁ、一応、集落の人たちとは視線を合わせないで」


「言われずとも。ここまでとは思わなかったけどな」


 区域に踏み入れた瞬間から四方八方に視線を感じる。物音のしない家屋。井戸端会議の賑わい。生活に勤しむ人々。どれも表情を崩さず平静を保っており、目線も動かしていないが、間違いなく見られている。


「むしろ視線を外したくないくらいの激情を感じますね」


「わたしは、どうして、とは決して言えない立場にある」


 壁外の人間が壁内に向ける感情は理解している。生活する環境があまりにも違い過ぎるのだ。

 壁外は常に魔物の脅威に脅かされる日々を強いられるのに対し、壁内は常に潤沢な手段に護られる日々を送っている。酷い話では魔物の脅威すら知らぬ存ぜぬという者まで存在し、魔導師が背負う覚悟にまで抗議してしまうのが実情。

 そんな状況を改善できずに何を思われるかなど、想像に難くない話であった。


 魔械省の者としては壁外あってこその安寧であると心しているが、会議と現場では話し合いの視点が異なるとも痛感している。


「安心しなよ。少なくとも僕たちは君の誠意を理解している」


「ありがとう。みんなと手を取り合える未来を諦めたりしない」


「一人で抱え込むなよ。俺たちだって他人事じゃないんだから」


「この視線を和らげるように、今は出来ることをやるだけです」


 未来のために今日を生きようと語り合っている内に、ライトの住まいとやらまで辿り着いていた。


「ほら見えてきた。あれが僕たちの住まいさ」


 集落から離された森林との境界線。魔物の襲撃があれば最初に犠牲になるであろう場所。隣の家屋が小さく見えるほど隔離された小屋がライト兄妹の住まいらしい。


「なあ、辛いことがあったら遠慮なく言ってくれよ」


「わたし、もっと頑張るからね」


「心中、お察しします」


「そこまで気を遣われると却って悲しくなるよ」


 排他的集落に拾われた部外者の扱いに思うところしかないが、彼は飄々とした軟派な態度で家の戸に触れた。


「妹に紹介したいから、許可が取れるまでしばらく待ってて」


 言ってはいけないが、こんな場所に一人で暮らす妹さんが思い遣られる。


『やあ、帰ってきたよ。元気に過ごしてたかい』


『部屋も綺麗に保ってるじゃないか。えらいぞ』


『実は今日はね。僕の友だちを紹介したいんだ』


 見るからに一部屋しかないような小屋は、壁が薄いのかライトの声が外まで聞こえてくる。妹さんの許可が取れるまでは、満足するまで再会を分かち合わせてやりたいものだ。




 木の幹に凭れ掛かったり、根に座り込んだり。気付けば夕日が差し始めている屋外は少し冷えてしまう。


「いや遅過ぎるだろ。どんだけ再会を分かち合ってんだよ」


「ほら、妹さんが人見知りなのかも」


「それにしたって連絡くらい。とか言ってる間に別の方に進展があったみたいですね」


 エミリが丸くしていた身体を伸ばして示すのは、長との話へ区切りが付いたらしいレオンだ。かなり小さく見える影は確かにこちらに近付いてくる。


「遅れてすまない。置いていかれたかと思ったよ」


「とんでもない。待って、おっと」


「やあ、妹の許可が下りたよ。って、レオンじゃないか」


 こちらも話に区切りが付いたのか、ライトが戸を開けて顔を覗かせる。そんな姿を見たレオンが何を言おうとするが、一拍を置いて悲しみを浮かべながら口を開き直した。


「残念だが、妹との邂逅は機会を改めてくれ」


「そうか。親友が言うなら仕方ないね」


 これまで待たせたことが嘘のように、あっさりと小屋を出てきたライトは、親友の話へ乗り掛かる。


「長がお呼びだ」


「あの丘の上だよな。身体が固まりそうだったから丁度いいや」


「さあ、任務の本番といったところかしら」


 要請とは異なり魔物の脅威を感じられない集落。ならば何を以て呼び出したのか。その真相に戦々恐々としながら部隊は来た道を戻っていく。


「長の人と成りをお伺いしても」


「彼女は、そうだな。レオンの母親だってことを頭に入れておけば事足りるだろうさ」


 ライトが言いたいのは、改心する前の彼のことだろう。人と成りの方向性が確定して仲間たちは気を引き締める。


「いちおう聞くが、覚悟は出来たか」


「オレが先導しよう。でなければ、あの人の気に触れてしまう」


 屋敷の扉を開くも当然のように出迎えはなく、ただ香の匂いが鼻を突く。実の息子の案内で奥に誘われると、優雅に茶を嗜む女性の姿があった。

 隙を窺わせない鋭い雰囲気を身に纏い、優雅とは程遠い圧力を部外者たちに放ってくる。


「お初にお目に掛かります。救援要請を受けて魔械省から参りましたアリサと申します」


 無視。


「長。こちらは救援要請を受けて魔械省から入らした部隊の方々です」


「そう」


 息子の声でようやく気を向けたが、返事は極端に短かった。その一言には何が込められているのか、まるでかつてのレオンを見ているような混沌を感じさせる。


「魔物の襲撃があったと仰せでしたが、そのことについて」


「貴方が司書の補佐ね」


「え、あっ、はい。お初にお目に」


「本来なら部外者なんて立ち入ることも許さないけど、息子の頼みだから応えてあげたのよ」


「大変な心遣い、感謝を申し」


「そもそもあの人が拾って来なければ、そこの一匹すら受け入れてないわ」


 視線で指されたライトは黙って頭を下げるしかない。


「母さん。それは」


「長とお呼び」


「申し訳ありません。長」


 空気が重い。重過ぎて誰も軽率に口を開けない。開いたところで切られるだけだが。


「貴方たちを呼び付けたのは他でもない。息子に会いたかったからよ」


 それだけを聞くと愛が重い親の言葉にも聞こえたが、救援要請にどの部隊が派遣されるかは明かされないため、すぐに嘘であると分かる。


 真意は他にあるが息子との邂逅を何かに利用しようというのか。しかし。


「碌に功績を報告して来ないんだもの。地位を得られないなら、何の価値も無いんだから」


 友だちをモノとしか見ていない相手に、持ち得る我慢は存在しない。


「あんたいい加減にしろよ。実の息子を何だと思ってやがる」


「アレン、やめろ」


「思うも何も。これの価値なんて、地位を得るためにしか存在していないわ。穹窿に住まう俗物を追い出し、真に統治する存在が浄化しようというのよ。何度でも言いましょう。これは私たちの駒なの」


 反意を隠しもせず、実の息子を道具だと宣う。


「レオンがどれだけ悩んで立ち上がり続けたか、その覚悟を分かってんのか」


「アレン。もう、いいんだ。長も、お目汚し、失礼いたしました。私たちは、これにて帰還させてもらいます」


 平静を装うレオンが仲間たちに屋敷からの退室を促す。結局は何のために立ち入りを許可されたのやら。各々で浮かべる感情は異なれど、仲間を侮辱された憤怒は共通していた。


「最後にこれだけは言わせてくれ。俺の友だちを、これ以上、侮辱するな」


 捨て台詞をあとに静寂に包まれる屋敷。長は穢れた空気を肺から入れ替えるように深呼吸して独り言ちる。


「追いなさい」




「尾行ありです」


 屋敷を退室してから複数の気配が追って来ていた。あれでも隠密のつもりなのであろうが、所詮は経験の浅い所業に過ぎない。


「日も落ちた。何を目的にしてるのか分からんが、全ては計画の内ってことかよ」


「集落には居座れない。罠の存在や魔物の危険を承知で山を下るしかなさそうね」


 危険が迫ると分かっていて野宿なんて論外。ここは無理をしてでも下山を優先すべきだろう。邪心を抱いた追手が魔物に襲われようが知らん。


「それは待ってくれないか」


 選択肢はないという仲間の歩みをライトが止める。その瞳は熱を帯びているようで、鋭い冷たさをも感じさせた。


「オレからも頼む。奴らをこのまま野放しとするわけにはいかない」


 レオンまでその気である。


「罠だと知っていての判断ですか」


 集落は明らかに目的を持って行動している。どの部隊が派遣されてくるかは知り得ないはずだが、息子を前にしても長の計画に然程の影響はないのだ。


「部隊を巻き込んだ勝手な判断だとは理解しているよ」


「だがここで手を下さねば、あれは穹窿に反旗を翻す」


 事前の情報からも要注意地として名前が挙がっていた集落。集団の視線はもちろん、生活の体捌きからも武術の心得を隠せていなかった。

 予てから可能性として浮上していたが、身内二人が断言するならば、確実な根拠があるのだろう。


「みんなは残って身を固めていてくれ」


「これは、オレたちのケジメだ」


 敢えて森まで戻ったのは仲間を巻き込みたくないから。ここからは集落の問題だという二人は、背を向けて去ろうとしている。

 武装集団とはいえ素人に後れを取ることはないと確信しているが、あまりに勝手な判断であると理解しているし、部外者が口を挟むのも拒まれると知っている。


 仲間は何も言わない。そんなに冷めた関係ではないのだから。


「あの、さ」


 立ち止まるレオンに仲間が温かい視線を送る。


「やっぱり、付いてきてほしい」


 彼が成長している様を見てきたから。


「助けて、くれないか」


 その言葉を待つことが出来た。




 集落最後の日。この計画が成功しようと失敗しようと、集落が残されることはない。

 屋敷前広場には、鍛えられた農家から腰が曲がった教員まで、ほぼ全ての住人たちが息巻いている。農具をそのまま担いでいる者や、家財道具に化かした刀剣を抜身で所持している者など、武装集団は異様な感情を帯びていた。


 それを従えるように登壇するのは長。レオンの母である。


「覚悟なんて若い言葉は必要ない。我らは自尊心の赴くままに」


 場を呑み込むのは熱気ではなく狂気だ。口々に根拠不明な不平不満を叫び立て、さも事実のように、己と周囲に言い聞かせていく。ただ自分の存在を誇示するために、自分の欲を満たすために。己に酔っていく。


「あら、帰ってきたのかしら。それとも、前菜になりたいの」


 そんなケダモノの前に立ち塞がるのは、ライトとレオン。そして仲間である三人。部隊の絆が皆を並び立たせた。


「相手の立場や感情を思い遣る道徳心」


「人が人である最低限の心すら持ち得ないモノたちは、もはや人間ですらない」


 二人の瞳に宿るのは諦念か悲壮か。少なくとも人としての感情がそこにある。


「追手はどうしたの。貴方たちも人斬りになった」


「生憎と、君たちのように堕ちる弱さなんて持ち得ていないものでね」


「長。いや、母さん。オレたちは人であり続けるよ」


 実の息子へ冷めた視線を向けながら、長は手を振り下ろした。開戦の合図である。


 得物を掲げ襲い来る集団の圧力は異様だ。各々の感情が衝突し、捻じれ、混ざり合う。モノの境も見失い混沌の波に流されるままのケダモノたち。

 それらは決起して滅ぼされるか、魔物を生み出して滅ぼされるか。どちらが早いかだけに思えた。


「さっさと儂らに頭を下げれば許してやったものを」


 武術の心得があるとはいえ付け焼刃。魔物と人間では戦い方が異なる。


「人の脳を弄くって内戦を引き起こした外道めらが」


 農具を持って魔弾を放ってくるのは元自警団だろう。外で何も学ばなかったのか。


「魔物が化けた人で無しらに国を渡してなるものか」


 入れ替わり立ち替わりに根拠の無い妄言を投げ付けてくる集団。己の不満を妄想で拡大解釈させ、己の非道を棚に上げて憂さ晴らしをする。見るに堪えないとはこのことか。


「醜いかしら。けどね、それを作り出したのは為政者たちでしょう」


「母さんとて、長であれば同じだろうに」


 集落に燻ぶり続ける不満を背後から煽っていたのは長で他にない。己の野心に利用するため育ててきたのだ。実の息子でさえ。


「民の手本であるべき為政者と同じことをしたまで。何か問題があって」


「自分のことは棚に上げて、母さんは何がしたいんだよ」


 幾らか過去に誰かから貰ったと噂される家宝。その槍を振り回す長は実の息子に突き付ける。攻撃に転じた隙を狙ってライトが麻痺弾を撃ち込むが、躱し、叩き落とすくらいの技量はあるらしかった。


「母さん、母さんと。呼ぶんじゃないわよ耳障りね。あの人を奪った親不孝者が」


「何の、ことだよ。分からないよ」


 突然の発言に動揺を隠せないが、圧倒的な膂力差で押し退ける。芯を振られた長はその動きのままに、俯き、ゆらゆらと揺られながら、髪を掻き毟り始めた。


「そうよ。貴方が。全部。あの人の愛を私から奪ってあの人の真心を独占してあの人の勇気を受け継いだあの人は優しいから何でも自分であの人は。貴方が山で彷徨ったせいで」


「一〇才の儀のことか。あれは母さんがオレを山に置き去りにして」


「あの人を独占した貴方には当然の報いでしょう。そうよ。一人で帰ることも出来ない役立たずを助けるためにあの人は駆け出した。でも、帰ってきたのは貴方一人。夜更けに戸を開けて泥だらけな癖に儀を突破したとか自慢げに話して」


「まさか、父さんは」


「貴方を生かすためだったんでしょう。捜索に出た奴らから現場の惨状を聞かされて、魔物に喰い千切られた遺品を受け取ったわ」


「そんなの、聞いてない」


 長の激昂に場は静まり返っていた。口々に長へ賛同を示すモノもいれば、ようやく現実に気付いたのか呆然と得物を落とす者もいる。


「言うわけがないでしょう。私だけの最後の思い出ですもの」


 父親の最後すら息子に教えることなく、長だけのモノと閉口した。その瞳は、もうレオンを映していない。現実から目を背け過去の世界に浸り込む長は、ゆっくりと屋敷へ戻っていく。


「うふふ。愛しいあの人。うはは。いま、会いに」


 懐から出した小瓶。中に満たされた油を頭から被る。


「やめて」


 息子が抱き着いたころには長は火達磨になっていた。


「やめてよ母さん」


「レオン、床に転がせ。土でも布でも掛けて火を押さえ付けろ。あと誰でもいい、水を持ってこい」


 床に伏した長が屋敷へ這い寄っていく。まるでそこに誰かが見えているかのように。


「母さん、母さん」


 仲間たちが自らの衣服を思いと共に押さえ付け空気を遮断する。その呼び声を長は何と捉えただろうか。


「そう。貴方も来るのよ。継ぐのよ。この狂気まで。だって。同じ血が。流れているんですもの」


 高笑いは屋敷を巻き込むように燃え上がった。


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