05―B
長が焼失した後を追うように集落の各地から火の手が上がった。懸命な救助活動が行われたが、正気を取り戻せた者しか生き残れなかったのは言うまでもない。
「母さんは、何がしたかったんだろう」
焼けた建材と瓦礫に囲まれた丘にレオンは花を手向ける。夜を徹した救助でさえ多くの命を逃してしまったが、活動の甲斐があったのか山に延焼させることはなかった。
「狂気に耐え切れなくなって、最後に息子の顔を見たかった。そんなとこじゃないか」
いずれの部隊が派遣されることは知り得ないはずだが、親友を慰めるために彼は嘘をつく。眩しい朝日に寄り添うライトの背には、澄み渡る空がどこまでも遠く広がり、集落の惨状をありありと照らし出していた。
「周囲を巻き込み過ぎだ」
「そうだな」
故郷が復興することはあるのだろうか。或いは戻るつもりがなかったのかもしれない。そんな光景を実行に移した長へ、実の息子が誓いを立てる。
「母さん。俺は狂気に堕ちはしないよ」
「大丈夫。僕たち仲間がいるからね」
任務は休む暇を与えてくれない。魔物は心の隙を許してくれない。
「アレン、アリサ、エミリ、ライト、レオン。任務の務めご苦労だった」
庁舎の窓口で帰還報告を済ませた部隊を海瀬教官が迎えた。結成から三カ月の期間が経つが本当に様々なことがあったと感じ入ってしまう。
「ほんと、随分なときが経ちました」
「私の顔を見て言わないで。もしかして、忘れられてないよね」
滅相もない。顔と名前がパッと一致する内は忘れたとは言わないのだ。思い出さないだけで。
「無礼な真似を働く前に退室します」
「心当たりの申告ありがとう。話は続くからもう少し待ちなさい」
「疲れてるんです。休ませてください」
そんなことは絶対に言えないと思う間もなく口を付いてしまった。
「いいだろう」
「ですよね。すぐに支度します」
「違う違う。許可が下りたの。休暇の」
きっと気のせいだ。休暇の許可が下りたことも、たまに口調が砕ける教官が可愛いことも。
「マジで。休んでいいんすか。休んじゃいますよ」
二言はないですよね。そんな期待を込めた部隊の微笑みに教官は後退る。
「二日の休暇よ。でも初日は司書の呼び出しが掛かってるし、次も作戦の会議があるから、休暇は潰れると思った方がよさそうね」
部隊は二言によって崩れ落ちた。
休暇ってなんだろう。少なくとも仕事の連絡が入る限りは休暇と認めない。
門から整備された憩いの広場を越えて聳える三つの建物。教育現場と自治体役場に挟まれた魔械省の施設。その玄関に挨拶をすると、正面には磨き抜かれた廊下が伸びている。左右に分岐こそあれど、司書に謁見したければただ前に進むべし。
「皆さん顔を引き締めて。そんな感情を剥き出して司書に会うことは、私が許しません」
どこにでもある両開きの扉のはずだが、なぜか触れることを拒む自分に気付かされる。指摘されるまでもなく表情と姿勢は見知らぬ圧力に正されていた。
「言っても、ここに入るのは初めてだからな」
いつもの強がりを取り戻すべくアレンが軽口を叩く。同意を求めるように周囲を見渡すが、そこにいたのは特殊な立場の人物ばかりだった。
「わたしは常連よ。補佐だもの」
「一度も挨拶をしないなんて、無礼ですよ」
「僕は護衛に命じられたときに来たかな」
「同じく」
任務で忙し過ぎて挨拶する暇もなかった。司書から叱責されたら、そういうことにしよう。
「じゃあ、行きますか。アレン以下五名。到着」
自分を鼓舞して扉を軽く叩く。なんてことはない普通の扉だ。
「入れ」
そんな安心が隙だった。
誰に見られるでもなく、一言の返事を受けたに過ぎず。だが確かにアレンの心は刺された。一瞬の油断も許さないと叱責された感慨を胸に、笑みを零す彼は改めて扉を開く。
あれが司書。これが司書。
円筒状に建つ図書館の中央。優雅に書物へ視線を落とす姿は未だ遠く。しかし己の全感覚が彼女の存在をこれでもかと訴えてくる。
「失礼します」
減り張りを丁寧に、頭を下げ、上げた五人が司書の面前へ歩み出る。執務机から一定の距離を見定め立ち止まると、視線も寄越さず茶と読書に勤しむ彼女の許可が出るまで決して動かない。
「楽にしてくれ」
所作に満足したのか司書が歓迎の意を示す。言葉と態度こそ気楽であるが、存在が放つ圧力と全く釣り合っていない。さらに言えばここは応接室のように椅子が用意されていない。
五人が後ろ手に姿勢を正すことしばらく。読書に区切りを付けた彼女がようやく意識をこちらに向けた。
「楽にしてくれて、構わないのだぞ」
試すような念押しの一言。その意図を理解したアレンは沸き立つ感情に蓋をして、態度の代わりに言葉で立場を訴える。
「容易く折れる膝は持ってないんでね」
感謝はある。恩も感じている。しかし誰かに跪くような生き方をするつもりはない。反感を買っただろう。首を刎ねられるだろう。刃が迫るのは前か、それとも後ろか。
心の睨み合いの果てに、司書は初めて視線をアレンに合わせた。
「本音のようだな。頭の空っぽな傀儡ならば首を刎ねていたぞ」
跪いていれば退場させられたらしい。
「噂に違わぬ性質で」
「慣れたものだろう」
遣り取りの結末に満足した仲間たちは胸を張って司書と対面している。その事実を補足するようにアリサは誇らしく忠告を入れた。
「御言葉ですが、権威や力に屈する者はこの場におりません」
この場に集う者は誰もが揺るがぬ芯を持っている。譲れない線引を弁えている。自分の道を自分で決められる信念があるからこそ、この場に立っていると自負している。
「よくここまで来てくれた。改めて歓迎しよう」
結成当初は誰もが未熟だった。方向性も定まっておらず、仲違いする場面もあった。しかし膝を突き合わせ、言葉と思いを分かち合うことで、今では見れる程度にまで成長している。
「君たちの期待通り、呼び出した理由について説明してやる甘さは持ち得ていない。この話を聞いたのち、各自で判断してくれ」
目的は一つではないのか、仲間それぞれに伝えたいことがあるのか。この部屋をあとにするとき、理由は分かるのだろうか。
「国内の情勢について改めて認識を共有しよう。大和では南北を分かつ内戦が繰り広げられているが、日本を脅かす問題は数多と存在していることを知っているか」
「魔物の本質は感情の具現化にあります。大和に原始魔石が誕生したことを皮切りに、各地の物語が現実の脅威として変貌しました」
「災厄の対抗策として開発された要塞が、千年の時を経ても滅びることなく活動を続ける土地もあるとか。自己修復機能を備えた機械兵が巡回するその下には、護る対象である人が閉ざされているらしいですね」
質や形は違えど、多数の領地が不安定にある。
「数多の脅威が人類を脅かし続けている現状で、我々が目的を見誤るわけにはいかない。魔械省とは、助けを求める存在のためにあるのだ」
司書は方向性の異なる組織を統括し、人類復興の基盤を各地に作り上げている。
「たとえ所属や立場が分かたれようと、君たちには未来の礎となることを望む」
「こんな情勢で将来の約束は出来ないが、人を助ける気持ちを失うことはありません」
内戦の渦は人の意思を問わず混乱を齎す。ときには戦場から身を退くこともあるだろう。それでも、この場に集まった決意だけは変わることなく胸に留まり続ける。
その言葉を受け取った司書は、僅かに口角を上げたように見えた。
「次は経過について話そう。人類復興の基盤を盤石なものとするには、内戦の早期終結が肝要であると考える。遠津の暗躍については耳に痛い話であろう」
「穹窿内の武装勢力による蛮行を許してしまったのは痛恨事です」
自分たちの足下で生物兵器を巡る戦いが繰り広げられた。
「昨今の魔物が増加傾向にあることは知っているな」
「おかげで休む暇もありませんよ」
「異常活動が見られる個体から採取した魔石を調査したところ、人為的な細工が施されていることが分かった」
昨今の過重労働の裏には何者かの影が窺える。
「詳細は未だ推測を域を出ないが、生物兵器の連なりと捉えている」
「遠津が関与していると」
「ああ。この数日で壁外集落が数を減らしている」
「随分と領内を掻き乱してくれるもんだ」
遠津の影響は穹窿内外問わず、大和の領地全域で確認されていた。
「現在の前線である葛城を中心に広がる被害に、民間からも声が上がってきている。穹窿内で発生した事件が不満を募らせ、放送局占拠で目を覚ましたといったところだ」
「その件については、責任を重く受け止めています」
「事件の被害を背負うことは責務であるが、批判にばかり耳を傾けていては本末転倒な結果に繋がりかねんぞ。これは民間からの声だが、気に病むばかりではないと知れ」
司書が差し出したのは幾つも束ねられた封筒。そのひとつひとつが民間の声であり、感謝の思いが綴られていた。
「これは人質となった方たちからの手紙ですか。わざわざ手書きで送ってくださるなんて」
「こっちは集落からだね。感謝や謝罪を言える人たちで復興に取り掛かるそうだ」
「おまえたちが助けた命の声。抗議活動で高まる注目の中、皆の懸命な活動が、しかと人の心に光を灯してみせた。人々の笑顔と希望を護ろうとする姿に、批判の声が収まり、称賛の声が溢れるようになったのだ」
安心してほしい。誰かを想う気持ちは、必ず届くのだから。
「私は誇らしく思う」
これまでの活動が着実に実を結んでいると知り、歓喜と自信の感情が湧き上がってくる。
「それもこれも、仲間が支えてくれたおかげです」
「何を言う」
喜びの空気が満ちる中、然も当然のような苦言が突き刺さる。そして気付かされた。
「まだ何も終わってなどいない」
彼女は一度たりとも圧力を解いてはいない。
「目標を共有し、経過を確かめ、現在を見詰め直す。成長には欠かせない行程であろう」
司書は理想へ浮ついた感情に、現実を突き付ける。
「現在を見詰め直せ。絶望はまだ、おまえのそばにある」
司書との謁見を終えた仲間たちは誰もが思い詰めた表情をしていた。呼び出した理由について自分で考えろとはこのことを言っていたのだろう。
窓を開けたアレンは鉛が掻き回る頭を朝日と微風に晒す。昨晩は寝返りばかり打って、己の絶望と葛藤に呑まれることになった。せっかくの休みと分かって、睡眠を取らなければと要らぬ焦燥に駆られ、余計に寝付けず仕舞い。
「こんなツラで誰に会えんだよ」
鏡を見ずとも冴えない顔をしていると理解できる。せめて日課を終えるころには常に戻ると願って浴室へ向かった。
「大空に恥じないよう胸を張って今を生きる。俺が、俺である内に、生きる」
冷たい水が身体に流れるまま壁に突いた手を握り締める。根気と胆力を絞り出すために。不安と恐怖で震えないために。
いつもの強い自分を信じるために、今日も日課を熟すのだ。
自己暗示を掛けて浴室を出ると端末に着信が届いていたことに気付く。仕事の連絡なら無視してやろうと気怠げに手に取ると簡潔な文面が表示された。
『今日、会えないかな。時間があったらでいいよ』
会いたいのに会いたくない。弱った自分を見せたくない。相手に気を遣わせたくない。それなのに気が付けば返事を打ち、夜が明けたばかりの寮前に来ていた。
「このあとは飯食って野郎たちと鍛練の約束があるんだわ」
相手も思い詰めているだろうと考え、自然体を装って明るく引っ張るつもりでいた。しかし気配を悟るなり動揺して言い訳めいた綻びが生まれてしまう。
休日に友だちと約束をしているのは事実だが、こんな感情のまま彼女と向き合えなかった。しかし。
「ごはん作ってあげるから。一緒に部屋で食べて行かない」
朝日に照らされるアリサは滅入りを感じさせない。アレンと同じ理由で気丈に努めているようだが、私室に招くという手札を切った彼女は、艶を帯びて大人らしく見えた。
「そうだな。飯代が浮くなら付き合ってやらんでもないぞ」
一枚上手を行く彼女に負けじと、妥協してやったという態度を示すように、余裕な仕草で寮内へ踏み入る。しかしそんな足取りは長く続かず、管理人の鋭い視線で立ち止まることになった。
「わたしが先導してあげないと立ち入りは出来ないの。ごめんね。案内してあげるから付いてきて」
言葉とは裏腹に勝ち誇ったような笑みで挑発する。そんなアリサに頬を震わせるも、結局は情けなく先を譲るしか出来ない。
そんな駆け引きが面白いのか、くすくすと笑う彼女は楽しそうにアレンの手を取り一つの扉へと導いた。
「ここがアリサの部屋。一般の区画なんだな」
「ええ。異性を招くのは初めてなんだからね」
「邪魔します」
「歓迎します」
ここからは招くも招かれるも初めての経験。互いに作法など分からず足並みを探っていく。訪れた部屋は見慣れた間取りであるが、色合いから香りまで何もかもが異なっていた。
「どこに座ればいい」
調理場や浴室などその他を除けば部屋が一つしかないため、どこを向いても彼女の私生活に触れてしまう。あまり見てやるものではないと視線をアリサで固定して許容範囲を窺った。
「好きな場所に座っていいわよ」
なるべく視界を動かさないように、且つ自然体を装って、机の奥にある椅子へ腰を下ろす。余計なものが目に入らない場所を確保して、ひとまず心を落ち着かせた。
すると彼女はアレンの予定を考慮してか、足早に調理場へ向かい朝食の支度を始める。その仕草は慣れたものだが、場の居心地を彷徨わせているようにも感じられた。
「眠れなかったのか」
「お互い様、でしょ」
せめて手伝ってやりたいが腰を上げる勇気が出ない。初めての空間に対して、何が正解かまるで分からないのだ。手を動かせないなら口を働かせようというのだが、沈んだ心が残っていたのか気の利いた話題を出せなかった。
「悪い。せっかくなら明るい話をしたいよな」
「いいの。声を聞きたくて呼んじゃったから」
手際よく具材を切って汁物を火に掛けている内に、付け合わせの軽食を準備しつつ、不要な器具を洗い片付けていく。晴れないのはアリサも同じはずなのに、大人の余裕が崩れる素振りもない。
どこまでも翻弄されるばかりのアレンは、戸惑いを隠すように足を組んで挑発を仕掛けた。
「ありがたいが返答に困る。エミリには断られたのか」
「違うよ。あなたが良かったの。会いたいと思ったの」
調理を済ませた皿が机に並べられる。二人分の調度品は頻繁に友だちを招いていると窺えた。他に誘う人物がいるにも関わらず、アレンが選ばれたことの理由を突き付けられる。
しかしその願いに応えてやることは出来ない。生まれや境遇こそ通じる部分はあるが、それでも伝えられないものがある。
司書の言葉が頭に染み付いて離れない。これまでの絶望は終わっておらず、そしてこれからも。
寮の一人部屋で小さな机に朝食を並べると、それだけで大部分は埋まっていく。不安や葛藤は残されているが、それでもいいのではないかと、この時間が思わせてくれた。
「それじゃあ。感謝をして、いただきます」
「いただきます」
変わらぬ朝。変わらぬ風景。こんな日々がずっと続けばいいのに。願いを込めた視線に気付いたのか、彼女が照れるように話題を切り出す。
「昨日はね。アレンと出逢ったときを思い出しちゃった」
「偶然、とも言えんか。まあ俺もいろいろ思い出したよ」
「あの時は毎日が辛くて苦しくて」
「命の篩に掛けられる日々だった」
互いに思い出したくもないのに、二人でいると不安が和らぐ。
「でもね。嫌なことばかりじゃなかったって思うこともあるんだ」
「ぜひ聞かせてもらおうじゃないか」
「君と出逢えたからだよ」
恥ずかしがって言わないだろうと誂ったが、今日のアリサは随分と積極的だった。
「俺も、君と出逢えたことに感謝するよ」
斯く言うアレンも積極的に想いを返していく。伝えられる内に、伝えたいから。
「今日は友だちと約束があるんだったよね。支度しないで大丈夫なの」
「準備は前日までに済ませる質でな。もう少しだけ一緒にいられるよ」
虚勢であろうと二人でいると前を向ける。もっと言葉を交わしていたい、ずっと笑顔を見ていたい。でも、それは許されないから。
「あと何日、一緒にいられるのかな」
朝の日課と昼食まで済ませたアレンは、休日らしく友だちとの待ち合わせに訪れていた。場所は訓練施設内。内容は組手である。
「アレン、待たせてしまったか」
足早に駆け寄ってくるのは休日も身形を崩さないレオン。一つ結びを跳ねさせながら待ち合わせに合流してくれた。
「いや、身体を温めた程度だ」
施設内への立ち入りに抵抗がなくなったアレンは、一人でも存分に筋肉と向き合うことが出来ている。さらに、最近は組手相手としてライトとレオンが付き合ってくれるのも日常となっていた。
「ライトがまだなら、オレも柔軟をしよう」
「あいつが最後に来るなんて珍しいな。いつもなら一〇分前には待機してるってのに」
「こちらがどれだけ早くても、それを上回ってくるんだから驚かされる。まあ、今日に限っては仕方なしと言うべきか」
「やっぱ司書の言葉が刺さったか。俺も寝不足だけどレオンは大丈夫か。その、寂しかったり、何かあったら頼ってくれよ」
具体的な内容に触れるのは躊躇われた。本人は気丈に振る舞っているが、心に相当な影響を及ぼす事件だった。
「正直に言うと、少し落ち込んだ。けど、オレには仲間が、友だちがいる。アレンとライトがそう思わせてくれたんだ」
「そっか。これからも遠慮はなしだぞ」
「ああ。君たちがいてくれれば、オレは正気でいられる」
実の母親から受けた最後の言葉。司書にも指摘をされたが、そんな心の隙は友だちが埋めてくれるから。
「言ってる間に、来たみたいだな」
慌ただしい気配に施設の入口へ目を向けると、わざとらしく顔を左右に動かして待ち人を探すライトの姿があった。こちらには気付いているだろうに、視線が合うとパッと笑顔を咲かせて駆け寄ってくる。実にあざとい。
「いやぁ、待たせちゃったね」
「おまえが遅刻するなんて珍しいじゃないか。昨日のことが相当に堪えたなら、今日は愚痴でも語り合うか」
「平気だよ。ただ妹が離してくれなくて。友だちと約束があるっていうのに、いつまでも甘えたなんだから」
「妹さんと連絡してたのか。集落も大変だし、気が休まらないな」
「そうなんだよ。だから妹にはこれまで以上に尽くしてあげないと」
参っちゃうよ、と苦笑いを浮かべるライトは気丈を装う。変に感情が上がっていて、髪に艶がない様を見ると、一睡もしていないのではと勘繰ってしまう。
「ライト」
そんな彼の振る舞いを鋭く刺したのは同郷であるレオンだった。自分でも驚く程に声が出てしまったのか、尻すぼみに言葉を付け足していく。
「ライト。もうやめよう。それより鍛練を済ませないと、作戦会議に間に合わなくなるぞ」
「あっちゃ、忘れてたよ」
彼が予定を忘れるなんて初めてのことだった。戸惑ったのか組手をするために大部屋へ向かったが、柔軟を済ませていないという指摘で慌てて戻ってくる。
休暇二日目を迎えた図書館には、司書とその密偵が親しく会話に花を咲かせている。昨日の様相が嘘だったかのように机に座るエミリは、いつまでも茶を嗜む主人に探りを試みた。
「あの一言で仲間の心は不安定になりました。このまま崩落したら、どうしてくれるんですか」
「部隊が保てないなら、それまでの存在ということだ」
「少し厳し過ぎません。物事には順序というものがあってですね」
「飴を与えてやる暇は無い。慣例に従うばかりでは、変わるものも変えられん」
暖簾に腕押し。壁を押していると言った方が正しそうだ。ここは違う攻め方で順序を作らせてもらう。
「放送局の事件も見逃しましたよね」
「放送を止めなかったのはおまえの判断だろうに」
「私の優先順位は変わりませんからね。貴方の意図を察して都合がいいと判断したまでです」
「民間の支持を上げるには意図的に下げることも必要だ。炙り出された不平不満が、懸命な勇姿を見て賛同喝采へと変わる」
司書の言動に間違いはないと信じているが、あまりに強引過ぎるとも、心の片隅で思うことが出来るようになっていた。
特に芋縁の最後の訴えが頭から離れない。エミリが放送を止めなかった理由は、彼の強い意思を消してしまいたくなかったからでもある。
「集落の方はどこまで仕向けたんですか。私たちが派遣されるように細工してましたけど」
「聞くばかりでは成長に繋がらんぞ。だが結果としては、反意を燻ぶらせる各地の集団が矛を収めてくれたようでなによりだが」
「類似した組織が不自然に滅ぼされれば勘繰るというものです。勝手に解釈して、勝手に怯えてくれるなら、こちらが出向く面倒も減りますけど」
ただでさえ表も裏も忙しいのに、これ以上の面倒事は御免だ。
「ですけど」
面倒事は御免なのだ。だから深入りはしないつもりだった。情が湧いてしまうから。
それでもエミリには言葉にしなければ気が済まないことがある。この変化も司書の手の内なのだろうか。
「これ以上、仲間を悲しませないでくれませんか」
「本音か」
「心からの、気紛れですよ」
それぞれが己の絶望と向き合う時間に猶予はない。
現場で割り切れない者は生き残れないのだから。
「原始魔石の在処が特定された。生物兵器を巡る争いに終止符を打つ時である」
作戦会議として招集された部隊。多目的室には計五名の仲間が席に着いている。こうして並ぶのも随分と懐かしく思えた。
「舞台は郡山城。歴史の動乱により主を変え、姿を変えて民を護ってきた大和の誇りである。それが時を越えて再び戦乱の舞台と相成った」
最初に部隊が集められた目的は、遠津が研究開発する生物兵器の情報を奪取するためだった。それが内戦の混乱で経験を積み重ねている間に、相手は着々と那羅の首に刃を当てるまで来ている。
「目下の前線である葛城を迂回し北西方面を奇襲した遠津遊軍は、虎視眈々と攻め入る隙を窺っている。また生物兵器の存在が持ち込まれたとされ、魔物を配下とし使役する術を得た。これの運用を許せば那羅や葛城に留まらず、内戦を左右する脅威と成りかねん」
部隊が奪取した情報にはその子細が記されていた。各地の魔物の異変や諜報部の裏取りと照らし合わせても兵器は完成したと見て間違いない。
「諸君の任務は唯一つ。遠津の手に落ちた郡山城を奪還し、生物兵器を破壊せよ。これには那羅の、延いては大和の命運が掛かっていると知れ」
どこまで原始魔石の力を引き出せたかは不明であるが、もしも遠津が災厄の力を手中に収めたとすれば、それは人類を滅ぼす力を得たということである。
今まで犠牲になった人たちのためにも、必ず阻止しなければならない。




