04―B
「結ばれたわけではないのですか」
「なんのこと」
部隊の仲間が集う庁舎の会場。広々と歩き回れる部屋は小規模な歓迎会や祝賀会などに用いられ、現在は教官の計らいで復帰祝いのために貸し切られている。
室内に飾られた丸机には色とりどりの料理が並んでおり、教官の自費で飯が食える喜びに皆は浮き足立っていた。
「アレンさんと連れ立って来ると思ったのですけど」
「どうしてよ」
彼の特別な席に座ることが出来たなら賛辞を送ってやろうと考えていたが、アリサは会場に単独で訪れていた。少々肩透かしを喰らったが、部隊の中で惚気られても困るので、場を弁えてくれたと理解しておこう。
何とも言えない感情を水と共に飲み下していると、隣に並んだライトが共感の意を示してくる。
「歯痒い思いが続くのはもどかしいけどね」
「ですね」
摘み食いに伸びるライトの手を叩いてやると、扉が開き、今回の主役が入場してきた。
「ちわっす。三日振りらしいけど、みんな元気だったか」
たった数日で復帰する根性もそうだが、大仰な場に気負うことなく自分として振る舞える胆力が羨ましい。おかげで皆の心配は吹き飛んだのか、気軽に肩を組んで迎え入れることが出来た。
「アレンさんには負けますよ」
「これでも頭に糸が残ってんの。見る」
「見ないし、食事を前にする会話じゃないよ」
飄々とした彼にエミリとライトが絡んでいくと一息に場が和らいでいく。
「アリサ、は朝も会ってるけど。今日も元気か」
「うん」
先程までの胆力はどこへやら。二人の会話はまるで前進が見られない。それどころか後退しているのではないか。
「前言撤回ですね。歯痒いどころか見てられません」
「これはあれかな。自覚したからこその、おっと誰か来たようだ」
私的な場では親しく出来ても、公的な場では却って他人行儀になってしまう。そんな二人の関係性を推し測っていると、ただ一人、会話を切り出せずに口をパクパクしていた存在がようやく近付いてきた。
「アレン。そしてみんな。この度は、本当に済まないことをした」
腰を直角に折り最大の謝意を表すのは、先の任務で盛大にやらかしたレオン。目元に浮かぶ青隈は不眠と心労を物語っており、肩から垂れる一つ結びは完全に艶を失って乾き切っている。
復帰祝いという会場ではあるが、彼がこの段階を踏まなければ先に進めないことは皆が理解している。誰よりも早く会場入りし、壁と同化するほど青褪めた姿には目を剥いたものだ。
「そこまで気に病むことはないさ。俺も謝らなきゃいけないことがあるし、誰にだって」
「甘やかすのは止めてくれないか」
「ライト」
誰にだって失敗はある。もちろん自分にだって。反省と後悔に呑まれている人物を必要以上に責める気にはなれない。そんなアレンを咎めたのは、彼の親友であるライトだった。
「彼の独断が齎した惨劇は、誰の命が代償にされてもおかしくなかった。それを謝罪一つで済ませるだなんて、誰のためにもならない。彼にとってもね」
形式に則ってこの場を収めてしまうことは出来る。その方が簡潔で面倒もなく楽だ。自分と周囲の醜い部分と向き合うことは誰だって避けたいものだろう。
だが、それではいけない。本音を誤魔化して上っ面な付き合いで終わらせてしまうと、わだかまりが残ってしまうし、心から反省しているレオンからも贖罪の機会を奪うことになる。
何も解決せず、誰のためにもならないのだ。
「ありがとう。重ね重ね、申し訳ない」
「君は自分の過ちをどう捉える」
周囲からの厳しい視線に晒される中で、彼は辿々しく、己の不出来と向き合っていく。
「オレは、功を急いたんだ。早く活躍して認められなければいけないと。故郷にも顔向け出来ず、自分の存在意義が無くなってしまうと」
初めて告白されるレオンの本音。周囲も薄々と感じて指摘してきたことだが、本人から改めて聞く必要があると静かにに向き合う。
「その焦りが、私欲が、仲間を窮地に陥らせた。自分のことしか目に映らず、周囲の状況を見誤り、標的を確保すれば力になれると独断を下し、相手に利する結果を招いた」
あの日以来、幾度も想起される光景。心に重く圧し掛かり続け、仲間の顔を見る度に心を跳ね上げ締め付けてくる。そんな取り返しの付かない後悔。目を逸らすことを禁じられた事実。
「全てはオレの責任だ。本当に、申し訳ない」
静かに語り、頭を下げる。戦犯を行った当人による心からの謝罪を受けたことで、反省すべきは彼だけではないと皆が続ける。
「俺が未熟だから皆を焦らせてしまった。もっと臨機応変に対応できていたらって思う」
「わたしだって。遊撃として待機していたなら一番身動きを取れたはず。不測の事態へ冷静に対策を練れていれば」
「それは私の役目ですよ。奇襲された時点で押し引きの判断を指示しなければいけなかったんですから」
「撤退の判断は、退路を確保していた僕の役目でもあったさ。戦況を俯瞰して、暴挙を未然に防ぐことだって出来た。反省しているよ」
ここにいる全ての仲間が罪の意識を持っており、後悔と反省を抱え込んでいた。レオンの謝罪を皮切りにそれを共有することで、部隊の心はまた一つ強くなっただろう。
身分や立場も関係なく、誰だって失敗は起こしてしまう。大切なことは失敗をした後の意識に表れる。認め、反省し、次に活かすことが肝要なのだ。
「改めて、申し訳なかった」
レオンが再度の謝罪を述べ、沙汰を待っていると、隣にライトが寄り添うように立つ。
「こんな僕たちだけど、どうか、これからもよろしく頼みたい」
隣に立ち、共に頭を下げる親友の姿。眩しくも無い。美しくも無い。心からの謝罪。受け取るかどうかは部隊の判断として委ねられる。
「レオンの謝罪は受け取った。みんなの思いも知った。俺はこれからも共に生きていきたいが、異論はないか」
アレンが先立って部隊存続の意を示したことに、異を唱える者はいなかった。皆がそれぞれ納得したように頷いていく。
「俺たちはまだ未熟で、これからも失敗と後悔を繰り返すだろう。だからみんなで、悔いのないように毎日を積み重ねていこう」
油断一瞬、怪我一生。思いを一つに皆で乗り越えていくのだ。
「改めて高宮礼音。部隊の一員としてよろしく頼む」
この任務では沢山の感情を得ることが出来た。きっと仲間たちは、もっと強くなれる。
「さて、これだけ反省すれば復帰祝いも存分に楽しめるだろう」
「僕の空腹もそろそろ音を上げちゃうよ」
「オレのせいで、済まない」
「反省会は終わったでしょ。何でも謝らないの」
「皆さん食べないんですか。料理が冷めちゃいますよ」
絆を深め合った部隊は賑やかなひとときを謳歌する。
「おい、端末から緊急連絡だ」
それがほんの一瞬だとしても。
『那羅に住まう皆の者。ご機嫌いかがかな』
魔械省からの連絡は、説明も面倒だと映像を提示する。
『吾輩は過去最大に、機嫌が悪い』
「何の真似だ」
『那羅の放送局を占拠した。魔械省の鈍間共よ、今度は失態を犯さずに解決、で・き・る・か・な。ガハハ』
「どうじゃ。吾輩ながら天晴な放送である。奴らめ、顔から火を噴いて駆け付けてくるぞ。今から拝むのが楽しみじゃわい」
局前広場にて実況中継を終えた芋縁は満足そうに背後の施設を振り返る。穹窿内はもちろん、大和領内に配信を届ける地方局。国内全土というわけにもいかないのが悔しいが、現在は各系列局に映像を送り付けているところだ。
「各局はまだ日和っておるのか。吾輩の晴れ舞台というに。国内へ知らしめるのが当然であろう」
そういって彼は施設の周囲に現れ始めた記者たちへ視線を向ける。こちらが働き掛けずとも各局記者たちが勝手に中継を結んでいるに違いない。己の画角に拘れないことが残念であるが、目的を果たすには事足りるであろう。
「芋縁さま」
あとは魔械省を待つだけと、遠巻きな記者たちに腹太鼓を披露していると、背後から忠実なる部下が鋭く声を掛けてくる。
「なんじゃ、まだ居りおるか」
「重ね重ね、お耳を煩わせていることは承知いたしております。ですが今一度、お考えを改めていただきたく」
「クドい」
放送局を占拠するに当たって桃井は度重なる苦言を呈してきた。屋敷の一件から積もり重なる苦境を訴えているのである。
「現在、那羅に於いて我らが潜伏する拠点は全滅いたしました。政策活動の支部を利用することは許されませんゆえ、これ以上の滞在は不可能でございます」
「ウザい」
「どうか穹窿の脱出を」
「やめよ」
「我らは負けたのです」
「やめよと言っておろうが」
芋縁は桃井の頬を殴った。地べたに伏せる部下の姿に上司は辟易する。しかし、それでも彼は表情一つ変えることなく跪き、度重なる苦言を呈していく。
「ならば投降ください。このままでは貴方の命が」
「桃井。オマエはクビだ。出て行くがよい」
上司から告げられた解雇通知に唖然とする部下。
「なりません」
「吾輩の前から失せよ。二度と姿を見せるでない」
もはや時間を割くことも煩わしいと背を向ける芋縁へ、声を震わせる桃井が縋り付いてくる。
「そんなこと、あってはなりません。私は常に、これからも貴方の部下にございます」
耳を貸してやる必要もない。これは決定事項なのだ。事を起こす前から決めていた。
「吾輩が退いてどうなる」
「これからも遠津のために生きることが出来ましょう」
「ならん。それはならんのだ。桃井」
「芋縁さま」
背を向け続ける芋縁は閉ざされた空を仰ぎ、思いを馳せる。
「吾輩が逃げては先に逝った者たちに示しが付かん。敗走の汚名を奴らに着せることは。それだけは、出来んのだ」
「ならば私も共に」
「違う。オマエは違うぞ桃井。オマエは生きねばならん。先達の遺志を、過ちを、伝える役目がオマエにはあろうぞ」
意味を知り、理解した。だから返す言葉も無く桃井は縋り付いてくる。そんな彼を二度目の拳で目覚めさせてやった。
「芋縁さま」
何を以て涙を流しているのか。そんな情けない顔を目に焼き付けてやる。
「真に吾輩を思って、慕ってくれるのであれば、また菓子でも持ってこい」
増していく涙を堪え桃井は立つ。満足気に頷いてやる芋縁へ、情けない無表情が返ってきた。
「必ずや、届けさせてください。これまで多大なるお世話を、ありがとうございました」
背を向けて駆けていく桃井をその姿が見えなくなるまで見送った。時間なら幾らでもある。彼ならば一人で脱出してみせるであろう。
「あと三人。随分と減らしてしもうたな」
これまで失った部下の顔を思い出しながら、芋縁は一人、野外で待ち続ける。
遠津兵による放送局占拠は穹窿内へ瞬く間に混乱を齎し、不安に駆られた民間人からの抗議、問い合わせが庁舎に押し寄せていた。
『さっさと追い出してよあんな奴ら』
それを扇動するように主要局が報道へ躍起になっている。
『那羅放送局前です。現在、占拠集団の一員と思しき男が凶器を手に声を荒げており、緊迫した状態が続いています』
混乱は穹窿内に留まらず、情報が拡散された国内全土の反応を代表するように委員会が急かしてくる。
『これ以上、国民の不満を煽るような行いは許さん。支持が下がれば基盤が揺らいでしまう』
各所から早く対応するよう迫られることで、対応する事項が増えていく。もっとも、現地組とは役割が異なるので遅延する仕組みにはなっていないが。
『内戦によって国民の不満は高まっている。そこへ針を刺すような醜態を晒すとは何事か』
『支持母体からも問い合わせが寄せられている。ここで奴らの不興を買うわけにはいかん』
『国民の揺らぎは権威の揺らぎ。民度こそ国土の安泰を示すと知れ』
委員会はここぞとばかりに不平不満をぶつけてくる。内戦の始まりもだが、その元凶は委員会にあると知って棚上げされた言論だ。
『早急に事態を治めるよう対処せよ。各所に付け入る隙を見せるな』
『民意を誘導するよう既に原稿は打ってある。遠津残党の足掻きを挫き、穹窿に安寧を齎したとな。貴様たちはそれを実行すればよいのだ』
それを静かに聞くのも司書の務め。誰がどんな言動を取ったかを認識し、過去と擦り合わせ真意を推察していく。ただの言葉一つであろうと本質が宿っているのだから。
報道陣の山が警備員によって掻き分けられる。動きを感知した記者は撮影機を一斉に捌けられた中央へ向けた。
『魔械省でしょうか。そうと見られる三人が現場へ足を踏み入れていきます』
『魔械省は現在、深刻な人手不足にあり、内戦の対応も後手に回っているとされていますが。どうでしょうか。確認する限り、軽装な三名しか姿を見られません』
『まずは様子を窺うのでしょうか。本隊の到着はまだしばらく掛かることが予想されます』
頼り甲斐のなさそうな若輩者と罵られた三人。アレン、ライト、レオンは、放送局前広場に佇む男を刺激しないよう慎重に距離を詰めていく。周囲の注目を浴びる自覚を持ちながら代表してアレンが牽制を加えるが、彼は相手や舞台で態度を変える質ではなかった。
「人質は無事か」
「態度次第じゃわ」
「お互いよく見る顔だな。今日は保護者同伴じゃないらしい」
「やかましい。奴らなら用が済むなり帰りおったわい」
委員会の工兵が組み上げた部品を得て、生物兵器は無事に日の目を見る段取りが整った。
その部品の排泄を終えて青褪める芋縁だったが、保護者たちは見向きもせず、互いの問答に明け暮れていた。やれ時代遅れだの、やれ矜持に反するだの。組織の方針が相容れないらしい。
いつまでも放置されるので、自分で部品を洗浄、消毒して渡したのだが、摘むように受け取ったキザ男の顔を忘れてやることはないだろう。
「置いていかれたのか」
「そんな目で見るな。吾輩には吾輩の責務があると残ったまでのこと」
那羅に於いての活動は区切が付いたと、忠岡は部隊の受け入れを打診してきたが、芋縁は自らの意思で断った。
「この期に及んで足掻く必要なんてあるのか」
「吾輩はな、抵抗の手を封じられた輩を痛め付けるのが趣味なんじゃ。オマエさんらは、どんな風に鳴いてくれるのかのう」
アレンの憤りを飄々とした煽りで返す芋縁。伊達に上司を務めてきたわけではない面構えだ。
「鳴くのはオレの仕事だ」
「レオン」
人質の確保が成されるまで三人に出来ることはない。相手の鬱憤を晴らすことが精々である。
「包帯塗れの奴に負担を掛けたくはない。それにこの事態はオレの責任でもあるからな」
断固たる意思のもと交わされる遣り取りに、渾身の煽り顔を続けていた芋縁も段々と恥ずかしくなったのか真顔に戻っていく。
「温度差で風邪ひくわい。吾輩の扱きを受けるのはオマエさんでええんじゃな」
「構わない」
芋縁が魔装で生成したのはフライパン。報道でも窺えたが、まさか本当に調理器具だったとは。
「己の過ちと罪の味。存分に堪能するがいい」
体重を掛けた不器用な振りが、レオンに落とされた。
『吾輩が魔械省と思しき人物に暴行を加えています。なんとか踏ん張っていますが。おっと、ぷっ、ここで薙ぎ倒されたようです。ガハハ』
局内に並んだ画面が否応なく仲間の現状を流し込んでくる。近場の建築物から跳躍して放送局に忍び込んだアリサとエミリは、麻痺銃を構えながら静かに遮蔽物を渡り、人質の救助に動いていた。
「人質たちは、収録室にいると見ていいわね」
「放送設備の職員たちが捕らえられているそうなので間違いないかと」
端末に表示された見取図を確認しつつ、通りと部屋を掌握していく。
「それにしても変だわ」
「ええ。誰もいません」
一つの階層を制圧すると、二人は事件の違和感を共有する。突入からここまで一度足りとも戦闘が発生していない。どころか人の姿すら確認していなかった。
「監視機器は掌握されているはずなのに、気配を探っても収録室にしか反応を感じない」
「遠津武装勢力の隠れ家は根絶やしとなって、戦闘員の消耗も激しい。だからこそ待ち伏せなどの罠を張っていると考えられます。幹部の指示という可能性も残されているので、慎重に進まざるを得ません」
監視機器があるのに相手が潜入に気付いてないわけがない。気配を消して潜伏されている場合、感知することは困難である。占拠の目的も明確にされていないため、この静寂すら計画の中にあるのかと勘繰ってしまう。
「目的が何であれ、国内の反感が高まるのは間違いないわ」
「それを許してしまうあたり、こちらの人材不足も深刻ですよ。なんて言っている間に、収録室です」
本当に一度の接触もなく辿り着いてしまった。しかも出入口にすら人がいない。中を確認しても人質こそ数はいるが、武装した人物は見る限り三人しか確認できなかった。
「警戒すらしていないし、感情の昂りもない」
「不気味に過ぎます。が、人質の解放は迅速にいきますよ。突入です」
機材室まで無人。そんな違和感に警戒を高めながらエミリは照明を操作。戦闘員の目が眩んだ瞬間にアリサが制圧していく。
「他にいるなら教えなさい」
「もう、オレたちしかいないさ」
「目的は」
「オマエたちの到着を、芋縁さまに伝えることだ」
聞くやアリサは機材室に視線を振る。意思を汲み取ったエミリは放送停止の優先順位を上げた。
「もうやめろ」
「なんじゃ。吾輩の愉しみを奪おうというのか。拷問とは、血塗れになってからが本番であろう」
芋縁の暴力がレオンを襲う。立ち塞がる意思を示してから一〇分が経過しようという彼の姿は、心労の影を上塗りするように血で染まっていた。
「オマエも限界だろう。それ以上、魔石は使えない」
ライトの指摘通り、魔装を振るい続ける芋縁の魔石が金色に染まろうとしている。もはや魔力の行使は不可能な継戦時間だ。
「仲間を思うならば交代しても構わんのだぞ」
「痛め付けたいなら俺と代われ」
「だめ、だ。オレでいい」
満身創痍のレオンが何度目かの立ち上がりを見せる。仲間たちは、もう拒む力もないだろうと力ずくで交代を試みた。
芋縁はそんな光景に何とも言えず口を曲げ、却って自分の心が折れそうだと辟易していると、己の端末が震えたことに気付く。
「時間じゃのう」
端末の震えに応答することもなく芋縁は放送機材へ歩む。ゆったりとした動きはしかし、血塗れの男によって阻まれた。
「まだ、終わって、ない」
「いいや、終わりじゃ」
再度、芋縁の端末が着信を告げる。音が鳴ったことに驚いてしまうが、それは幹部からの連絡を示していた。
『随分と楽しいことをしているじゃないか』
「おお、権城さま。いかがなさいまして」
自分に酔った若者の声は、兵器の部品を手渡して以来の会話だが、話の内容に心当たりがない。この占拠も独断で行ったものであるし、緊急の連絡でもあるのか。
『なに。後を絶たれ足掻く弱者を思うと、言葉を掛けてやらずにはいられなくてね』
「そんな。気に掛けていただくだけでも感激の至りにございます」
予想通りの愉悦。もはや慣れたことに、あえて無知な振りをして幹部を満足させてやる。常ならば端末越しでも腰を折っていたのだが、今の芋縁は余裕の表情で踏ん反り返っていた。
『最後の言葉をくれてやろう。見事な余興だったとな』
「何をおっしゃいますか。まだ終わってはおりませんぞ」
『なに』
芋縁は先程まで終わりだと言っていたのだが、幹部からの通信が来て新たな目的を得た。目の前に立ち塞がる血塗れの若者に、何かを衝き動かされたのかもしれない。
「終わってはおりませぬ。いや、終わりになどさせんぞ。この若造めが」
『は』
言葉遣いが変化し過ぎて誰に対しての物言いか理解できないらしい。放送を観ているであろう権城に向けて、最後の言葉をくれてやる。
「私欲に溺れ、遠津を掻き乱す哀れな餓鬼よ。吾輩が意地と誇りというものを教えてやろう」
言い終わると相手への憤慨と共に、端末を地面に叩き付けた。
「オマエたちに分かるか。家に帰っても、菓子を作ってくれる妻が居らん寂しさが。最愛の存在を葬られた悲しみが。この怒りが」
目的を終え放送機材を鷲掴むと、全国に向けて芋縁の終わりを見せてやる。
「委員会の俗物どもよ。遠津を裏切り、内戦の悲劇を起こしたのは貴様たちであるぞ。その罪を、しかとその目に焼き付けい」
上の都合で内戦が始まり、家族を失い、自棄になり、部下を失い、罪過に呑まれた。せめてこの現実を知らしめねば、先に逝った者たちに示しが付かない。
「芋縁、何をするつもりだ」
アレンは理解している。
「やめろ」
だからこそ止めるしかない。
「やめてくれ」
駆け寄るアレンの目の前で、芋縁は活動限界を超えて魔石を行使する。
染まり切った魔石から溢れるように黄金の枝葉が人間の身体を這い回り、染み込み、覆い尽くしていく。悲しみを浮かべる芋縁が塵となり溶け合うと、その姿は見る影も無くなってしまった。
「いやだ」
アレンとアリサには嫌というほど見慣れた光景。契約の限界を超えて力を行使すれば、災厄の遺物はすぐさま心身を乗っ取り、魔人へ、ケダモノへ、変貌させてしまう。
芋縁の成れの果て。そこに顕現するのは魔物であり、怒りと悲しみを浮かべた鬼だった。
「戻れ。戻せ。やめろ」
譫言を漏らしながら歩み行くアレンを強引な手が引き留める。
「よせアレン。魔人となった者は二度と人間に戻ることはない」
魔人を警戒するライトは手短に事実を告げる。
「これは魔石との契約に合意した、魔導師という存在が背負う覚悟だ」
血を拭ったレオンが魔装を構える。
「でも、彼は、人間で」
被験体でもない。その言葉を継げない彼を余所に戦いは始まってしまう。
豚のように肥え太った鬼が腕を振り回すだけで、空気が悲鳴を上げ、地面が割れていく。元の存在とは懸け離れた力と魔力を宿す猛威に、ライトとレオンの二人が立ち向かう。
「無理はするな」
「これは、オレが仕留めなければならない」
屋敷での失態が無ければこの悲劇も起こらなかっただろう。その一心に動く彼を親友が支えていく。
同門による連携が隙なく相手の動きを封じていくと、追い詰められる魔人は地団駄を踏むように暴れた。姿を変貌させても魔石が取り込んだ感情は元の主のそれ。短気な動作は芋縁を想起させ、その様子がますますアレンを追い詰める。
「あっ」
負傷しているレオンが体勢を崩したとき、魔人の動きが鈍った。芋縁の感情が躊躇いを見せたとアレンは悟るが。
その隙を逃す二人ではない。
「安心しろ」
「ここで解放させてやる」
首を刎ねられ魔石を貫かれた芋縁は、光となって空へ還っていった。




